「フルートの吹き方」カテゴリーアーカイブ

フルートの吹き方 練習(5)

きょうはちょっと変わった練習方法をご紹介。倍音を吹く練習だ。最低音のC(ド)の指で出せる倍音はこんな具合だ。

このうち、大事な倍音は第二倍音と第三倍音だ。第二倍音は2オクターブ目の音を出す時に、第3倍音は3オクターブ目の音を出す時に必要だ。高い音域は多くの場合、強く吹かれ過ぎている。こんな実験をしてみるといい。F(ファ)の指使いで、第3倍音のC(ド)を出してみよう。そのままの吹き方で、(強く吹かずに)左手の中指を上げてみよう。たぶん3オクターブ目のF(ファ)が出てくるだろう。つまり、強さはそれで十分だという事だ。次に、2オクターブ目のG(ソ)より上の音も多くの場合強く吹かれすぎている。1オクターブ目のD(レ)の指使いで第三倍音のA(ラ)を出してみよう。そのまま吹き続け、途中から指をA(ラ)の指にしてみよう。どうだろう?かなり済んだ2オクターブ目のA(ラ)が出るのではないだろうか? ただし、この時、倍音のA(ラ)と正規の指使いのA(ラ)の音程が違っている時は、吹き方がヨロシクナイか、楽器の調整、特に反射板の位置が狂っていることが考えられる。吹き方がヨロシクナイというのは、極端に低く、あるいは高く吹いていると、このような現象が起きる。

さて、そこでこんな練習を日課にすると良い。

ゆっくりでいい、音符一つが=60くらいだ。

たまに、思いついた時でいいので、倍音列(最初に挙げた譜例)を下から順にスラーをかけて吹いてみよう。アクセントが付かないように気を付けて。上は3オクターブ目のB(シ♭)位でいい。出来たら同じようにスラーで下がってくる。こっちの方が難しいはずだ。

練習の方法というのはとても大事だ。それを知っているか否かで、結果が大きく変わることがある。友達に中国人のヴァイオリニストがいる。彼に聞いた話だが、中国のあるピアノ科の学生は、コンクールに優勝した同級生の練習を、一日中ホールの客席に隠れて聴いていたそうだ。皆、そうして練習方法を盗んでいたという。うーん、中国らしいと言ってしまえばそれまでだが、結果から盗まずに、練習方法を盗むという発想、日本人には無いな。この話を聞いたとき、[盗む」という言葉に否定的なニュアンスを全く感じなかった。それよりも、彼らの繰り広げる競争に「中国恐るべし」と思ったものだ。

真面目に徹するとつまんねぇな、でも、少年少女が読むかもしれんからな・・・

きょうはここまでだ。

フルートの吹き方 練習(6)

さて、皆の大好きな指の練習だ。指の練習と書いたけど、指を速く動かす練習じゃない、そう思っていた方がいい。指なんて、日常生活に困らない程度に動いていれば、結構速く動くもんだ。不器用って言葉があるけど、私が思うに、あれ、別に指が動かないんじゃないね。神経の使いどころがよく分かってないんじゃないかなと思う。もし、特別に動かしにくい指使いがあれば、やみくもに何百回も動かそうとせずに、まずその原因を探ろう。すると多くの場合、持ち方であったり、姿勢であったり、音の出方だったりが原因であることがわかる。それらの改善ができてから、ゆっくりと、指を動かす練習をしよう。そこで行うのは、素早く動かす練習ではなくて、神経を繋げる練習だ。太極拳みたいにゆっくり動かせばいい。

どんな練習があるのだろうか? まず、音階練習だ。前にも書いたが、タファネル&ゴーベールの最初のセクションも音階練習のうちだが、私はあまり薦めない。なぜかというと、音階を理解していて、その時何調を吹いているのかが分かっていればまだしも、次々に変わる音階のために、音階・調性感覚は得にくい。冗長だし、音域が徐々に高くなっていくので、低音と高音の吹き方に一貫性が無くてもこなせてしまう。一例として、ハンス・ペーター・シュミッツ博士のクラスでやっていた音階練習を紹介しよう。

途中を省略したが、テンポと最高音は力に合わせて決めたらよいだろう。ちなみに、クラスでは4オクターブ目のE(ミ)で折り返していた。テンポは最大で4分音符が108だった。これはかなり速い。最初は、最高音を4オクターブ目のC(ド)八分音符を60位で十分だ。これを、各々の調で(スタート音はその調の主音)以下に掲げる9種類のアーティキュレーションで行う。

シュミッツ博士のクラスは隔週土曜日がテクニックのグループレッスン(4名くらい)だった。この時、この音階練習を1小節ずつ交代で輪のように回していく。この1小節ずつ交代するというのは、一人でやるより効果的だ。音程も合わせなければならないし、前者のタイミングで出なければならない。自分の癖を知ることにもなるので、一人で全部やるより効果的だ。仲間と、あるいは先生とやるのが効果的だろう。アーティキュレーションを変えるのはとても良い効果を生む。スラーや、スタカートが単なる記号としてではなく、言葉におけるニュアンスのように身に着く。譜面を読むときに、スラーやスタカートを正確に読むことに繋がるし、表現として理解できるようになる。

昔知り合ったフルート吹きは、若い頃指に鉄の輪っかをはめて練習したそうな。指でフルート潰そうと思ったんかいな? で、結局、腱鞘炎になった。こんなおバカはしちゃダメよ。考えるだけでもア〇だから。たしか、「なんチャラの星」に、大リーグ養成ギブスというのがあったな。ほんとは、ギブスって石膏のことだから。それ、固めちゃうだけだし、正確な発音はギプスだ。あ、思い出した。師匠のK師は大のタイガースファンで、当時ジャイアンツファンだった中学生の俺を、「頭が悪い」といつも罵っておった。悔しかったなぁ。その後、何十年か、十何年か経って、ジャイアンツファンは止めたが、タイガースファンになる事は無かったな。トラウマだな。これがトラウマの語源だ。

きょうはここまでだ。

フルートの吹き方 練習(7)

テクニックの練習を調性のあるものと無いものに分けると、昨日の音階練習に加えて、アルペジオの練習が挙げられる。各調の主和音と属七をやっておけばま、殆どの和音に対応できる。減七のアルペジオについては、先に述べたのでここでは省略するCdur(ハ長調)とDdur(ニ長調)を例にとって譜例を示す。最低音はC(ド)最高音は4オクターブ目のC(ド)としておく。

これを、スラーとスタカートで練習する。連桁の区切りに注意だ。3つ取り、4つ取りで双方を練習するといい。最初は大変かもしれないが、パターンを覚えてしまうと楽にできるようになる。これ、暗譜しちゃった方が早いよ。これも、太極拳のようにゆっくりだ。

続いて属七だ。面倒臭いから、Ddur(ニ長調)省略するぞ。上の譜例と同じように考えればいい。

余談だけど、譜面書くのもとても大事なお勉強だと思う。最近は、コピー機でいとも簡単にコピーができる。音大生といえども写譜なんてしたこと無いと思う。写譜ペンだって今、売っているのかいないのか。鉛筆の方が綺麗に書けるけど。コピー出来るから、楽譜を大切にしない。たまに書くと、下手糞で読めない。めくりを工夫しなきゃならない時、数小節書き写せばいい時でも、1ページ丸々コピーして、残りをあっさりと捨ててしまう。ベルリンにいた頃古道具屋で、あるフルーティストが残した手書きの「オーケストラスタディ」(オーケストラ曲の、難しい部分だけを抜き書きしたもの)を手に入れた。2マルク、200円くらいだった。100ページ以上あって、それぞれの断片の後に、それを演奏した日付が入っている。名もないフルート奏者だが、その魂を受け継いだような気がして、宝物にしている。

きょうはここまでだ。

 

フルートの吹き方 練習(8)

調性の無いテクニック練習の筆頭は半音階。これ、やっていると何でもなくできるが、やってないと情けないくらいできない。練習自体は面白いと思うんだが・・・フルート初めて持った中学生の頃、遊びでこればっかやってた。音楽というより、機械いじりのように面白かったからだと思う。いつも「音楽」、「音楽」なんて言っているけど、男の子にはこういったアプローチも有りなのかなと、ジジイは思う。

機械いじりと思えば、譜面なんかいらないよな。好きにやればいい、アイデアもどんどん出てくるはずだ。ま、例としてふたつ挙げておこうかな。上は単なる半音階で、楽譜が長くなるので上を3オクターブ目のC(ド)にしてあるけれど、一気に4オクターブ目まで行っちゃおうぜ。要点は、3つ取りと4つ取りを両方やっておくことだ。間違っても5つ取りとか7つ取りとか、そういう変態練習はしない。そういう趣味ならやる。3つ取りしたときの各グループの頭の音は、減七の和音になっているので、それを覚える役にも立つ。

これ、俺がガキの頃考えた半音階。こればっかやってた記憶がある。シュミッツ博士の教則本にも載っている。これも、てっぺんを適当に書いてあるが、やっぱり4オクターブ目のC(ド)までやると、「やった」感があるぞ。上記ふたつは、メトロノームを使ってもよいが、3オクターブ目から4オクターブ目にかけてはとても難しくなる。そこで、その難しいところに差し掛かるにしたがって、リタルダンドし、降りてくるにしたがってテンポを徐々に戻す、という方法が良い。コントロールを効かせるのが何よりも重要だ。この音型は、半音以外にも使える。長2度、短3度、長3度などの幅でやると、怖いものなし・・・だが。

これだけテクニックの練習があるけど、ホントにやる? 音大の学生なら、一度はやってみるべきだろうね。でも、これをやったからと言って、どんな曲でもスラスラ吹けるようになるかといいうと、そうはいかない。難しい曲は、結局、難しいところをそれなりに練習しないと吹けない。沢山書いてきたけど、言いたかったことは、タファネル&ゴーベールをなんも考えずにやっても、「時間がもったいないよ」ということ。何か問題が生じたら、あるいは自分の何かしらの欠陥に気づいたら、その時、その目的に合った練習を考えよう、という事だ。

楽譜作りに時間がかかってしまって、オチを思いつかない。
っつーか、インフルエンザのお坊ちゃまを預かっているんだが、元気で飛び回っちょる。恐怖だ。

きょうはここまでだ。

フルートの吹き方 癖(1)

仮に、誰もが認める大奏者に、何らかの癖を見つけ出したとしよう。で、それを真似すれば、その奏者のように吹けるようになるとはだれも考えないだろう。しかし、かっこだけ真似て、脳内で大奏者になって、うっとり吹いてみるのも、楽しいに違いない。恰好を真似る為の観察も、フルートをうっとり吹きたいと思う心も、どちらもフルートに対して積極的でなければならず、それは貴重で大切なものだ。

「癖を直せ!」と、言うのはものすごく簡単だ。医者が患者に「安静にして、規則正しい生活を・・・」と言うくらい簡単だ。ついでに言うと「頑張りましょう」「練習しましょう」「落ち着いて吹きましょう」も簡単だ。「正しい姿勢で」も簡単だし、「力を入れないで」も簡単。ずっとお読みいただいている方にはお解りいただけると思うが、「どうすれば頑張れるのか」「どうすれば練習したくなるのか」「どうすれば落ち着けるのか」「どうすれば・・・・できるのか」を書いてきたつもりだ。だから、「どうしたら癖を直せるのか」を書かねばならない・・・厄介だなぁ。

どうして厄介なのかというと、「癖」と「個性」の境界は、結果によってしか判断できない。そして、結果とは何か。大奏者としての評価を得るまでになれば、それを個性と評価して良いのか。でもな、癖のある奏法の大奏者は歳を取るとボロボロになるぞ。フルートだけじゃない、他の楽器でもそうだ。大奏者だから、あえて名前を挙げないけど。人は老いる。若い頃と、同じ顔をしたまま歳は取れない。大女優以外は。?。顔や、唇の状態が日々変化していくなかで、癖のある奏法をいつまで維持できるのか。やはり、合理的な奏法がいいんじゃないか?60になっても、70になっても、80になっても活き活きとした音でフルートを吹きたくないか?

しかし、こういうこともある。例えばテニス。40年前と今とでは全く違うテニスをやっている。バックの両手打ちなんか殆どいなかったし、えげつなく回転するボールも今日ほど打たれることはなかったと思う。でも、明らかに先駆者がいて、新しいテニスを創り、発展させてきた。「美しいテニス」が価値としてあった時代に、両手打ちなんかみっともなく見えた。フルートにおいても、今は単なる「癖」にしか見えない事が、「先駆的役割」につながるかもしれないのだ。

癖を直すのは苦しい。同じパッセージを何十回も繰り返すなんて、癖を治すことに比べりゃ楽なもんだ。ちゃんと言おうか。直さなければならないと自覚している癖から目をそらして、ガンガン練習しては、いかんよ。勇気だ。信念があるなら、貫いた方がいいい、誰が何と言おうとも。だが、「まずい」と思ったら、すぐに直したほうがいい。分かってる! 誰でも。物凄い勇気がいるんだ。根気と忍耐を支えるのは勇気だ。良い先生は、きっとそれを支えてくれる筈だ。

わが師ハンス・ペーター・シュミッツ博士は生徒の前で一切フルートを吹かなかった。薄い鞄ひとつだけ持って、レッスンにやってきた。30代で現役を引退していて、生徒の間でも、果たして自宅で吹いているのかさえ知るものはいなかった。「生徒は、まず先生の一番悪いところを真似をする」から、らしい。このブログの最初の方で、「私たちは誰も聴いたことがないような美しい音」で吹くことが目標であり、誰もがそれを実現することが可能と書いた。 (2016年12月26日)その意味で、博士には多いに大いに感謝している。すべてを、考えさせてくれたからである。

きょうはここまでだ。

フルートの吹き方 癖(2)

癖というと、持ち方とか、アンブシュアとかすぐに考えつくが、実はまだある。でも、今日は持ち方だ。

持ち方について私がどう考えているかは、申し訳ないが「フルートの吹き方 持ち方(1~4)」を今一度お読みいただければと思う。色々な持ち方があって良いのだが、やはり、右手の薬指、小指あたりが、伸びきって突っ張っているのは明らかに、指の動きに支障が出てくると思う。つい最近YouTubeで見たんだが、あの有名フルート奏者P氏の右手小指は突っ張ってるな。真似はしないほうがいいと思うよ。言い訳にもしないほうがいいと思う。私だったら生徒に注意する。そのとき「だってP氏もそうしてるもん」って言ったら、もう何も言わんが。英国のことわざだったかな、馬を水場に連れて行っても、首を下げるのは馬自身だから。You can lead a horse to water, but you can’t make it drink. 冷たく言ってるんじゃなくて、苦労を知っているから。私自身、最初の3年くらい指を突っ張らかして吹いてたからね。さて、ちょっと頑張ろうか。

こう持たなければならない、ここをこう直さなければと、負の要素であまり考えないほうがいい。目標を大きく置いて、それに必要な技術だと考えるようにしたらどうだろう。良い音を出すためにというところでさんざん書いたのだが、「息のエネルギーを最大の効率で音に変える」事を目標にしたらいい。これは言い換えると、「無駄な力を使わない」「なんにもしないで吹く」だ。スッと立って、ふわっと楽器を持って、普段の顔で吹くということ。それが理想だ。そのためにはどうしたらいいか・・・ああ、じゃあ持ち方の研究をするか・・・のような思考順序で行ったほうがいいんじゃないかと思うな。そして、3日間、研究と我慢だ。フルート持って、歌口は肩に担ぐようにして、手の研究だ。長時間でなくていいから、根を詰めて悩む、祈る、決意する。3日だ。たった3日。その間、ロングトーンとか、すごくゆっくりの音階練習ぐらいならやってもいいが、止めとけ。

ここで思い出したんだが、ハンス・ペーター・シュミッツ博士のクラスでは、最初の半年間、1オクターブ目のH(シ)しか出させない。ほんと、マジで。その間、徹底的に音のコントロールを学ぶんだ。内容は、いつか書こうと思う。で、特にきょう書きたいのは、半年後だ。3週間に1度くらいの頻度で、クラッセ(klasse=Klassenvorspiel)というクラス発表会のようなのがある。半年後に、すごく簡単な曲をもらって、そのクラッセにデビューするんだ、新人が。これが、イイんだな。皆、音楽に飢えている状態だから、どんな簡単な曲でも、喜びをもって、精魂込めて演奏する。これ、感動する。

話を元に戻して、3日経ったら、忘れていい。その3日間の「苦悩」があると、それは頭の隅に残っているはずで、色々な局面で、「気になって仕方がない」はずだ。昔の悪い癖も出てくるかもしれないが、そんなに罪悪感はいらない。禁煙じゃないんだからさ。3週間過ぎればたぶんOKだよ。直るよ。

考えても、考えても答えの出ないとき、一度忘れてみるのがすごく効果的だ。人間、すごい能力があって、バックグラウンドでちゃんと考えてる。そうすると、ある時、問題が解決された状態で、ポッと意識に上ってくる。思いがけない瞬間に。もし、未だ答えが得られない問題があったら、是非試してみて欲しい。

きょうはここまでだ。

フルートの吹き方 癖(3)

吹き方の癖、アンブシュアの癖というのが最も微妙で厄介な問題だ。そもそも、何が正しくて、何が癖かの判断が難しい。しかし、フルートの全ての音域で、強弱や、音色の変化の要求を満たすためには、それなりの柔軟性を持った吹き方は必要だろう。それぞれの局面で、難易度に差があるとしても、「苦手」はなるべく無くしておいた方が良い。

よほどの事情がない限り、唇の中心で吹くことを強くお勧めする。フルート奏者は音楽上の様々な要求にこたえるために、息のスピードや、角度、形、太さ等を臨機応変に、そして瞬時に変えなければならない。しかしその時、息の中心は、必ず歌口の中心を捉えていなければならない。もし、唇の横で息穴を作っていたら、唇に加える力が変化したときに、この中心が狂う可能性が高くなる。そうすると、高音域などで唇に力が加わった時に、発音が困難になってしまうことがある。心当たりがあったら、一度鏡で確認してみよう。鏡は、譜面台に置くより、壁に平行な姿見のようなものがいい。そして、鏡に10センチくらいまで近付いて息の穴の状態をよく研究するんだ。正しいアンブシュアを身に付ければ、4オクターブ目のE(ミ)までは大抵の楽器で出せるようになる。

もうひとつ重要なのは、前回にも述べたが、加齢による顔の変化だ。顔の形は絶対変わっていくのだから、厳密にいえば、日々修正が加えられなければならない。この時、唇の真ん中で吹いているのと、微妙な力加減で横で吹いているのとでは、大きな労力の差ができる。はっきり言おうか。唇の横で吹いている奏者は、多くの場合歳を取ると音色がボロボロになる。別に「横」だけじゃなく、不自然な力を必要とする吹き方は、加齢による変化への対応が難しい。

なぜ、加齢による変化まで気にしなくてはならないのか。それは、吹き方の修正はとても難しいからだ。だから、できれば最初から、真ん中で吹くことを覚えて欲しい。これは99%先生の責任であると思う。どのようなアンブシュアが理想なのかは、「良い音を出には」をご覧いただけたらと思う。

昨日書いたが、ハンス・ペーター・シュミッツ博士のクラスでは、最初の半年間1オクターブ目のH(シ)しか吹かせない。音階練習も、エチュードも禁止だ。そこで、真ん中で吹くことを強制される訳では決してないが、しかし、アンブシュアの再構築は、音ひとつで半年間も練習しなければならないほどの問題なのだ。だから、最初から身に着けておいた方がいい、そして、直すなら早いに越した事は無い。

アンブシュアの癖を直すのは、現在の修正というより、一から作り替えをするんだと決めたほうが良い。覚悟と、忍耐が、そしてそれを支える勇気が必要だ。たとえ、半年かかったとしても、その後に開ける道は遥かに遠いところまで続いているはずだから。

きょうはここまでだ。

フルートの吹き方 癖(4)

きょうはちょっと気が付かないリズムの癖について書く。癖というよりも、誰もが持っている傾向、気が付きにくい癖だ。普段から気を付けていれば別に問題は無いんだが。特に今まで考えていなかったとしたら、一度、録音して聴いてみる事をお勧めする。

まずいわゆる「喰いつき」。次の譜例だ。


この、頭の十六分休符の直後の十六分音符、つまり、拍内の2番目の十六分音符が、「短くなる」。こんな風になる。


同様に、次のようなアーティキュレーションの場合、やはり、2番目の十六分音符、スラーの頭の音が短くなる傾向がある。

こうなる。


これを直すには、次のような練習をするとよいだろう。

繰り返し記号で書いてあるが、2回じゃないぞ。続けて何回もだ。

ちょっと面倒だがこんな練習をするともっと効果的、というか強力。

ひとつだけにしとこうか。ん? 短い? すまんな、勘弁してくれ、晩飯の支度する。
寿司つくるんだ。

きょうはここまでだ。

フルートの吹き方 癖(5)

昨日の続きだ。いわゆる「喰いつき」の形が、四分の三拍子で次のように出現する場合である。一拍半のアウフタクトだが、この場合の最初の音符も、短くなることに注意しなければならない。特に、曲頭にある短い音符は、通常よりもやや丁寧に始めなければならないから、要注意だ。

このような時、四分の三拍子を八分の六拍子に読みかえて練習するのが良い。

全く違う音楽になるが、3/4拍子の2拍目の裏が、6/8では2拍目の表になるので、練習の段階で、その音に注意を払う習慣ができあがる。

この読み替えは、逆もまた真なりである。次のような八分の六拍子の2:1のリズムは、なかなか正確に演奏されない。(譜例は八分の十二拍子)

このような時は、これを次のように読み替える。

こうすると、タイに続く最後の八分音符ふたつも正確に演奏できる。ついでにこれをスウィングしてみると面白い。退屈したら遊んでみるといいと思う。

さらに、これがこのような音型になると不正確さが増す。Beethovenの交響曲7番からだが、テンポが速いので、グシャグシャになりがちである。

これは、このように練習すると良い。ゆっくりからだ。

きょうの話、嘘つけぇ! と思ったら、録音して確かめてくれ。例えば、3/4の曲を6/8で吹いて録音し、聴くときは3/4で聴く、あるいはその逆。どうだろう! なんと、しっかりしたリズムが聴こえてくるではないか!

確かめたあなたは才能がある!

きょうはここまでだ。

フルートの吹き方 癖(6)

この「癖」の項目で最初は、各々の「たぶん良くないと考えられる」吹き方の特徴について述べた。なぜ「たぶん」という断りを入れるかと言えば、それらは他人が(先生といえども)「100%直すべき」と断言できない質のものだからだ。結果に至らなければ、それが間違っていたのかの証明はできない。しかしな、結果が出てからの後戻りもできない。人生と同じだな。親や先生の話をどこまで聞くかって話だ。俺は、ほとんど聞かなかった。だから・・・

さて、その「癖」は個別のものだけではなく、人間の持つある種の特性としても存在する。演奏者として、あるいは学習者として、それを意識に上らせることは、全体の発展に与することになるだろう。その一部として、リズムについて例を挙げた。きょうはまとめとして、まずいくつかの注意すべき点を挙げてみよう。

★長い音符はより長く、短い音符はより短くなる傾向がある。例えば、小さい音価で構成されたパッセージに続く大きい音価によるパッセージは、確実にテンポが落ちてしまう。
★「歌う」とテンポは遅くなる。「歌う」という事についてはいずれ項目を立てて書くつもりだが、そもそも「歌う」ことに内包されている要素、「立ち止まる」「訴える」などによって、推進力は失われる。

ふたつを思いつくままに書いたが、ハンス・ペーター・シュミッツ博士はその著書「演奏の原理」の中で、これらを明快に解説している。氏はその中で演奏上の様々な要素を、二つのグループに分ける。右のグループは、「明」のグループだ。例えば、速い、強い、短い、高い、固い、だんだん早く、だんだん強く等だ。左のグループは、「暗」で、遅い、弱い、長い、低い、柔らかい、だんだん遅く、だんだん弱く等だ。これらの要素は、互いにそれぞれのグループの中で、影響しあっている。例えば、「下降の音階はだんだん遅くなったり、弱くなったりする傾向がある」、あるいは「ディミヌエンドはだんだん遅くなる傾向がある」と解釈できる。しかしそこで、単純に「だから気を付けろ」と氏は言っていない。「ある局面で現れる弱点を、反対のグループの長所によって補完させる」事が、「演奏の原理」だと述べている。・・・先生!許して!まとめちゃいましたから。

例えば、下降の旋律は、クレシェンドと組み合わせると、弱くなっていく印象を防ぐことができるだろう。(もちろん必要なら、だ。)同時に、下降の旋律にディミヌエンドを組み合わせれば、その印象はより強いものとなるだろう。高音域で「歌う」なら、音は大きくないほうが良いだろう。印象が台無しになるからな。

こうしてみると「個性」とか「創造性」は究極の「癖」に他ならないと考えられる。「癖」は単純に直すべきものではなく、「人間」そのもの、「音楽」そのものと考えたほうがいいかもしれない。それに気が付きさえすれば、直すのも楽しく、利用するのもまた楽しいものだ。

モーツァルトのモーツァルトたる要素は、器楽的なアレグロの楽章に「歌う」要素を採り入れた、(Singen des Allegro)と言われる。うん。

きょうはここまでだ。