フルートの選び方・・・(7)

あたり前の話だが、最高の楽器を持てば最高の音楽家になれるわけではない。だから、少なくともある種の音楽家は、自分にとって常に最高の楽器を探し求めなければならないとは思っていない。彼にとって重要なことは、音楽について考え、まさに音楽をすることであって、その欲求が満たされている限り、「今持っている」楽器で充分なのだ。楽器探しの旅に出ることは、彼の目的ではないし、またそんな時間もない。それでも、あるきっかけで、彼の前に素晴らしい楽器が現れ、そのことが彼の新たな音楽的欲求を刺激する事もあるだろう。この瞬間こそ、職人と奏者が「出会う」瞬間であり、新たな可能性が芽生える瞬間かもしれない。でもそれは頻繁に起こることではない。ああでもないこうでもないと楽器について注文を付ける奏者と、単に楽器の「性能」だけを宣伝するメーカーとのやり取りは、単なる市場のざわめきに過ぎない。

マルセル・モイーズがずっと洋銀のフルートを吹いていたとしても、それがそのまま、銀よりも洋銀の方が優れているという選択の結果だとは言えない。「銀よりも、洋銀の方が良い」と言ったわけではないし、「銀じゃなくても、洋銀で間に合う」と言ったわけでもない。

奏者の誰もが、常に「最高の楽器」に飢えていると考えるのは、奏者に対する大変な侮辱だ。だから、誰それが、どこそこのメーカーのこれこれの楽器を吹いているからといって、自分の楽器選びの基準にはしない方が良い。有名な奏者になれば、メーカーだって楽器の1本くらいタダで提供する。直営ショップの店頭に、その楽器を持った奏者の写真とサインでも置けば、充分ペイするだろう。

以前、私の演奏会が終わった直後、楽屋にやって来た男が居た。突進してきて、「楽器を見せてください」と言ってきたので、「そこに置いてあるよ」って答えた。何か質問でもあれば答えようと思っていたが、しばらく見ていて「ありがとうございました」って言って帰っていった。なんじゃい、あいつは。

ある奏者が、自分の師が他界した後真っ先にしたことは、そこへすっ飛んで行って、遺族から楽器を買い取る事だった。王貞治のバットを持てばみんなホームラン王になれるなんて、小学生でも考えないだろうに。情けない話だ。

買い替えについては上記の通りだが、では、初心者はどんな楽器を選べば良いかだ。結論から書く。調整がきちんとされていることが大前提で、カバードキイ、C足部管、Eメカ付き。この線は崩さない方が良い。そして材質は、洋銀製、または頭部管銀、胴体洋銀製。中古で程度が良いものが見つかったら、総銀製もいいだろう。メーカーは知られているところがいいだろう。安価なメイドインチャイナはやめとけ。体験レッスンとレッスン契約で、その場でタダで楽器をくれちゃうナントカ商法もある。絶対引っかかるなよ。謎の壺みたいなもんだからな。いや謎の壺の方が夢が無限だから・・・

最初は楽器の扱いもわからないし、続けられるかどうかも判らないのだから、ある程度練習して、上達したらグレードアップしたらいい。この買い替えというのは、もう一度自分の覚悟や、自分の音楽に向かい合うことができるチャンスでもある。この意味は大きいね。

最後に。金の楽器は私は使わないし、人にも勧めない。金の楽器を買うお金が無いのも確かだが、それよりも、あの、音が直線的に飛ぶのが嫌だ。吹くのに力がいるとか、そんなことは私としてはあまり気にしないが、聴衆ひとりひとりの耳に、音を叩き込むのは私の目指すところではない。2時間の音楽会で、疲れることなく、空間全体が暖かく響くのは銀だと思っている。これらはすべて誤解かもしれないが、今の楽器で「不自由したことはない」のが、一番大きな理由だ。

きょうはここまでだ。