あけまして・・(4)

 今年は5月に年号が変わるんだが、そうすると、○○元年になるわけだ。来年は○○2年だ。大正天皇崩御は12月25日だったから、約1週間でもう昭和2年。だからね、生まれた時は1なの!。ゼロ歳児じゃなくて1歳児でいいの!!

 でな、左に傾いた若いころの俺がだ、親父に喧嘩ふっかけたんだわ。「軍艦作っても、戦争は放棄すんじゃねぇの?」親父の答え、「お前、戦争するつもりあんのか?」これで終わったと記憶する。

 禅問答。左巻きの俺としては、これを理解するのにはちょっとした時間が必要だった。親父が明確に、「戦争するつもりは無い」と思っていたことを理解するのに。確かに、戦争の悲惨な情況を知っているのは彼らだ。同世代の多くを失い、戦後は追放され、おじいちゃんのたくさんの勲章も、家族の食料に化けた。それでも、「国を守らなきゃならない」という代々受け継いだ使命は失わなかったんだと、今、理解する。

 条文で国が守れるなら結構なことだ。しかし、実際に国を守るためには、不断の努力と、それに一生を捧げる人たちが必要なのだ。その人たちは、いつまでも日陰にいなければならないのか?

 シビリアンコントロールがどうの、こうのと言われる。軍人(制服組)は戦争をしたがるが、それを「背広組」が止めるんだと。違うと思うよ。いざとなって、戦争をしたがるのは絶対「背広組」だと思うね。軍人はもっと冷静沈着だ。命を失うのは自分たちだからだ。負け戦の後でも、国を守ることを忘れない、日陰者にされても文句を言わずに国を守る。代々海軍の家系って言うのなら、血の中にそのことが受け継がれていなければならない。

 親父の無念を晴らす。

出かける時間だ。きょうはここまでだ。

 

あけまして・・(3)

 年齢を「かぞえ」にすると、まず、他人の誕生日を覚えなくて済む。当然プレゼントなどというものは無いから、その心配をしなくていいし、要求されることもない。事実、私の幼少の頃、「お誕生日のプレゼント」なんていう気色の悪いものを貰った覚えがない。貧乏だったからか?いや、たぶん違う。ガキの間でお誕生会なんてものが流行りだしたのは、たぶん昭和も30年代後半だろう。だいたい、一家に何人も子供がいた時代だ、いちいち誕生会なんてやってられるかって話だ。個々の誕生日なんて、いわば「くそイベント」で、だから、「お正月の歌」は直ぐに思い浮かぶが、「お誕生日の歌」は・・・あるのか?

 あ、「ハッピィバスディ・・」は別だぞ。あんなの「もぅいぃくつねるとぅ・・」とは比較もにならんからな。あ、それからあの「ハッピィ・・」には著作権かかってるから。調子に乗って歌って、強欲鉄面皮JASRACに乗り込まれて大金ふんだくられても知らんぞ。無いとは思うが、会費制で誕生パーティーやって、あれ歌ったら・・おぉ怖っ!

 で、親父の話なんだが。いいか?

 いわゆる自衛隊の制服組だった。だから、立派な制服持っていた。だけど1度しか見たことない。小学生の頃、潜水艦だか駆逐艦だかの進水式に連れて行ってもらった。その時、別人のように凛々しい父親を見たんだ。口も利けないくらい偉い人に見えた。嬉しいというより怖かったな。だけど、通勤は安物の背広で、駅まではチャリに乗って行った。今でも変わらずなんだが、制服を着て街を歩くなんて有り得ないことなんだわ。なんで?

 当時は、「ニッキョーソ」の教師が、自衛隊員の子弟がいると「○○君のお父さんは人を殺すのが仕事です」って、教えていたんだ。いや、マジで。私は国立の学校に通わせてもらったので、そういう目には合わなかったが、兄たちはやられた。だからかな、私の通わせてもらった学校には、自衛隊員の子弟が多かった。

 最近も、自衛隊と子供たちの、公の場でのあるイベントが中止させられた。曰く「迷彩服や装甲車が戦争を想起させる」からなんだそうな。なぁ、こんな日陰者にされても、文句ひとつ言わずに頑張ってる、いや、不満よりも使命のために黙って働いているんだよ。

 偉そうなこと言ってもだな、私も若い頃は当時の流行りで、極度に左側を歩いていたのだよ。たった1回、30秒にも満たない時間、親父と「戦争」について話したことがある。次回はそれから話を始めようかな。

今から昼飯のうどんを打つ。きょうはこれまでだ。

あけまして・・・(2)

 幼少のころにはまだ「数え年」の習慣が残っていた。いや、制度的には明治に廃止になったんだけどね、親やその上の世代は、「かぞえで○○歳」なんて言い方をしてたと記憶する。つまり、生まれたら1歳、お正月でプラス1だ。だから、12月31日に生まれたりするとあっという間に2歳になってしまうわけだな。そういうわけで、お正月には家族全員1歳ずつ歳を増やす。おせちを前に、家族全員で「あけましておめでとう!」

「おい。○○いくつになった?」

「はいお爺様、私は7歳になりました、お爺様は何歳になられましたか?」

「わしは69歳じゃ」

 いいねえ。ただ年号が増えて1月1日になったからって、たいして目出度くはないが、皆が無事に歳を増やすというのは目出度いの極みじゃないか。だいたいねぇ、0歳児なんて言い方気持ち悪くないか?「0」はゼロだ、「無」。せめて「当歳」とか「新歳」とか呼んでやったらどうなのよ。ちょっと馬みたいだけどな。

 だいたい、妊娠何か月って、あれ「かぞえ」だからな。お医者で「はい3か月です。」って言われて青くなるよね。いや、ならないか・・。ドイツにいた頃、ふとした話題で、動物の赤ちゃんがお母さんのお腹にいる期間の話になった。ある日本人学生が、不用意に「人間は10か月!」って言っちまった。反響が凄かったぞ。「わぁ!日本人は10か月もお腹にいるのか!」いや、マジでびっくりしてた。音楽学生同士の会話だから、ほとんどアホ村状態だな。

 で、坊主になった話から続くおじいちゃんの話だ。

 ひいおじいちゃんも実は海軍少将だった。だから、うちは代々海軍で、親父も海軍、自衛隊だった。ただ、親父は技術畑で潜水艦の燃料電池の研究をしてたらしい。でもね、戦前、戦中、戦後を軍人として過ごし、家族を養ってきた男だ。生前その胸中を一言も語らなかったけれど、いま、この歳になってみると、いかに立派な強い男であったかが解る。親不孝をしてきたから、心がひりひりと痛む。

あぁ、哀しくなってきた。きょうはここまでだ。

あけましておめでとうございます

 ちょいとサイトをリニューアルしたんだが、3日もかかってしまった。昨年末にふとした間違いから、坊主頭になってしまった。数年前から、髪は自分で刈っている。まあね、ジジイになると、禿の白髪交じりでどうやっても汚く見苦しいの。短かめ!、短かめ!でやってきたから、どんどん短くなってきた。昨年末も12mmのバリカンでぐるっとやって一応完成した。バリカンには3mm、6mm、9mm、12mmのアダプタが付いていて、地肌からこの高さで刈れるようになている。で、風呂に入って鏡を見たら、一か所ちょっとだけ長い。風呂から上がって、まだそこにあったバリカンをサッとかけた。

 なんか、洗面台に落ちる毛が多いんだよな・・・・・ハッ!

 アダプタ付いてないじゃん!

 要するに0mmなわけ。手鏡で見てびっくりしたね。神社の柱に貼られた千社札みたいに斜めに真っ白。名前書いちゃおうかなって。この歳になるとね、これぐらいの事じゃ驚かないの。速攻、坊主頭。

 で、坊主顔を見たら、あれ?どっかで見た顔。わぁ!おじいちゃんにクリソツ!私の生まれる前、今から73年前に亡くなったおじいちゃんによく似てる、若くて細身のころからよく似ていたんだけど、いや、入道になっても似ているなんて・・・

このおじいちゃん、偉かったんだ。日露戦争で活躍した。海軍中将だった。飾っておく。話はまだまだ続く・・・

あぁ、ねむたい。きょうはここまでだ。

長い間・・・ごめんなさい。

暖かい励ましのお便りをいただいて、思わず泣いてしまったので、きょうからブログ再開するね。

 ちょっと休むつもりが何か月にもなってしまいました。読んでいてくださった方、ごめんなさい。

 なんかさ、大きいこと書きたいのよ。やれ、楽器がどうの、唇がどうの、息がどうのって、だんだん話が小さくなっていくの。それはそれで、まぁ、役立つ人にはとっても役立つはずなんだけど、「俺たち、このままでいいの?」って考えちゃうのよ。

 時代が変わっていく。この20年の変わりようも凄かったけど、この先10年はもっと凄いぞ。例えば、自動車ひとつとってみても、これ、10年以内に電気自動車で、自動運転になる。するとどうなるか。俺みたいなボケ老人が自動運転の車に乗って、大量に街に繰り出してくるぞ。俺はまだいい方だが、ちょいと上の団塊の世代の連中は最悪だからな。何しろ、座る席が人数より少なかった世代だ。自己中で、被害妄想で、左翼で、めげないからな。気を付けるんだよ、お嬢さん。

 で、まず、ガソリンスタンドが無くなるな。自動車の教習所が要らなくなる。タクシーの運転手さん失業する。かつて大量の金銭を俺から巻き上げた、白バイや交通係のお巡りさんも、さよならだ。駐車場も要らなくなるかもしれない、短時間なら勝手にその辺転がしてりゃいいし、長時間なら車だけ家に帰ってもらってもいいな。さらに、車の個人での所有も意味がなくなるかもしれない。信号機も必要ない。あ、電車の運転も自動化できるだろうな。車より簡単そうだな。ガソリンエンジンの技術者はどうするんだろう。宅配便だって車が勝手に持ってきて、玄関のボックスに入れてくよ。あぁ、これはもしかするとドローンで飛んでくるかもな。

 大量のデータが瞬時に処理できるようになれば、役所も、警察も要らなくなる。衛星から個々人を生体認証すれば、誰がどこで生まれてどういう成長をして、どこで何したか、みんな瞬時にわかってしまう。さすがにこれは10年とはいかないにしても、数十年の単位の話だ。100年はかからない。

 さて、その時、私たちは「音楽」とか「フルート演奏」なんかに価値を見いだせるの? 漠然と信じていてもいいんだが、いや、今の時代だって、音楽や私たちのフルートの価値が明快に理解されているとはとても思えない。皆、何考えてるんだろうって、WEBの世界を彷徨ってみるんだが・・・さてね。

 前に、ロボット、ペッパー君の前で演奏したことがあるのよ。こいつな、ふざけたことに、何やっても拍手すんだよ。じっと見ると顔赤くしてな。最初は可愛い!って思っていたんだが、だんだん恐ろしくなってきた。よくSFなんかで暴走するロボットみたいのが出て来るけど、あれ、違うね。

 ロボットなんか、多かれ少なかれ、自分あるいは自分の属する集団に有利なようにプログラミングするんだから、あくまでも自分たちには優しく振舞う。この瞬間の正義や、真理なんて誰にもわからないんだから、そんなもんを人工頭脳に持たせてもちっとも便利じゃない。あくまでも自分に都合のいいように振る舞うロボットがロボットの価値だ。だから、お母さんよりも、恋人よりもうんと優しくて、自分の思い通りになるロボットに依存する人間が出現する。人間関係が崩壊するね。「愛」なんて要らない、解らない人間が出来上がる。もしあり得る悲劇を考えるなら、こっちの方だと思う。シーザー・ミランの「愛犬レスキュー」ってテレビ番組を時々観るんだが、どんなひん曲がっちまった犬でも、その原因は必ず人間が作ってる。いつだって、始末の悪いのは人間の方だ。自分自身も、フルートも、音楽も、どんなに頑張っても、決して思い通りにならない。でもね、思い通りにならないってことは、ある意味しあわせだね。

 この百年余りの間、社会を引っ張っててきたのは科学技術だ。現代の我々は、科学技術こそが、時代を牽引するものと信じているが、いつの時代もそうであったわけではない。これから先、それを担うのは宗教かもしれないし、芸術かもしれない。やがて訪れるだろう新時代にも、人を愛することができるように、私たちは、準備を整えなければならない。だからいま、このままじゃ何もできないと認めることから始めようと思う。

きょうはここまでだ。

ネアンデルタールの笛・・・(2)

「自然」という脅威に対して、人間以外の動物が取り得る態度は「服従」だ。服従とは理不尽なものだ。いっさいの不幸は突然、理由もなくやってくる。人間以外と書いたのは、人間の成功は、まさにこの一方的な服従と向き合ったことにある、と思うね。恐怖の出所を意識したんだ。それは、神であったり、創造主であったり、つまり見えない力の存在を意識した。そして、懸命にその存在との折り合いをつけることを求めた。いや、あるいはそれにとって代わろうとしたかもしれない。どうやって?

寒さに凍えたある夜、風は木々の間に絡んだ弦を震わせる。洞窟の入り口を通る風は唸り声をあげ、枯れた葦の茎が悲鳴を上げる。怖かっただろうね。そして、その正体を知った時、服従と向き合い、そこから逃れる術を思いつく。その音を出すことができれば、事態はきっと良い方向に向かうのだと。挑むのか、折り合うのか、願うのか、祈るのか。枯れた茎を咥えて恐る恐る音を出す。弦を張り、それを弾いてみる。あの恐怖の正体が、思いもかけず優しく響く。その一瞬に、いまこそ敵と和解したと・・・・・

見えないものに向かい合う、それこそ人間の人間たる所以だ。音楽の本質もじつはここにある。

話はすっ飛ぶけれど、「見えないもの」で思い出した。群れで生活している動物たちが、その種の保存のためでそうしているのであり、仲間意識や愛情の故なんてちょっとロマンチックすぎると書いた。人間の「愛」とは、もっと質の高いレヴェルの精神作用であって、動物たちの種の保存の本能との決定的な違いは、自己犠牲を伴うことだ。これはとても重要だ。人間の愛には常に「自己犠牲」が伴う。諸君! 周りを見渡してみ給え。そして、自分の愛する人を、自分を愛してくれる人を考えてみよう。そこに払われる自己犠牲の大きさを。きっと納得がいくはずだ。

自己犠牲を伴わない愛は、執着と同質だ。そして、愛の無い自己犠牲もまた存在しないと、言っておこう。

自己犠牲という概念は難しい。現代日本人にとって悲しい記憶にも結びつく。だから、ほとんど語られなくなった。この、自己犠牲が人間における愛の要件だという事を理解できない人達もいて、はなはだ厄介だ。中には、自己犠牲を、洗脳の結果であったり、強制されたものに過ぎないと考える人もいる。自己犠牲=忌まわしいものと考え、そこで思考は止まる。だから、命を捧げた兵士が持っていた愛を理解できない。自爆するテロリストとの違いすら判らないのだ。

命までとは言わないまでも、自分は何のために犠牲を払う覚悟があるのかと、自問自答することは大切だ。そして、今は亡き母をはじめとして、私のために犠牲を厭わなかった多くの人たちのことを想うと、もう居ても立ってもいられなくなるな。

音楽は祈り、愛は自己犠牲・・・(続く)

きょうはここまでだ。

ネアンデルタールの笛・・・(1)

ネアンデルタールの人骨が多量の花粉とともに発見された。その事実によって、専門の学者がどのような推論を組み立てて、「ネアンデルタール人は丁寧に埋葬された」と結論付けたかを私は知らない。これを正しいとするためには、ネアンデルタール人が花を美しいと思い、かつ死者を弔うという感情を持っていた事を証明しなければなるまい。

なぜそんな疑問を持つかというと、私には、審美観であったり、あるいは家族、仲間に対する愛情というものが、原初の人間に最初から備わった本質的な能力だという事が、無条件には信じられないからだ。言葉はおろか、声すら出せなかった人々だ。我々からすれば、人というより遥かに動物に近いだろう。今の私達から知恵というものをことごとく捨て去った時、残されるものは何なのだろうか。愛情という感情は残されるのか、美醜の感覚は残されるのか?

どうなんだろう? ほとんど野生生物と変わらなかったであろう生活をしていたその頃の人間に、現在の我々には本質的に備わっているだろうと考えられている審美観や愛情といったものが、果たして備わっていたのだろうか。私には、野生生物なんて、ほとんど恐怖の中で生きているとしか思えない。突然やってくる捕食者や自然の猛威から自分を守るためには、ただならぬ警戒心が必要なはずだ。そんな中で、花の美しさを認め、死者を悼み弔うだけの余裕がほんとうにあったのだろうか。その頃の人間は自然界の中で、そんな余裕を持てるほどの、強い地位を獲得していたのだろうか?

だから、ネアンデルタール人が笛を持っていたからといって、それで音楽を楽しんでいたなんて、とてもとても考えられないのだ。多くの野生動物は、自らを危険から守ろうとする時、まず何をするだろうか? 力関係が決まっているなら、戦いを挑むなんてロマンチックなことはしない。棘や甲羅や、毒を持っていればまだいいけど、そういうのって決まって弱っちい奴しか持ってない。走って逃げるか? そう、群れを成していれば、追いかけられて、誰かが捕まっても群れが全滅することは無い。群れなんてそういった種の保存の原理から成立するんで、仲間意識や愛情で出来上がったわけじゃないと思うぞ。あとは擬態だな。シマウマの縞ってのもあるし、あぁ、死んだふりなんてのもあるな。敵を騙すわけだ。そんな世界で、いくら人類だからといって、花を愛でて、愛し合ってなんて、ちょっと簡単すぎないか?

そして、その時代、人間の最大の敵はたぶん「自然」だ。たぶん「自然」という概念は持っていないだろうから、ある日突然やてくる、圧倒的な力を持つ見えない敵だ。この敵から、身を守ることが生きていく上での最大の課題のはずで、そこにはどのような試みがあったのだろうか。(続く)

きょうはここまでだ。

キリスト教について知っておこう・・・(4)

長らく更新をしていなかったが、死んだわけじゃないぞ、きょうから再開する。
相も変わらず、暇だったんだが、音楽とキリスト教の関係について書いているうちに、ちょっと考えることがあってね。それで、ずっと考えていたわけ。

実は、こんなことを書こうとしていた。
---例えばミサ曲を演奏する場合、そのラテン語のテキスト訳を学ぶよりも、礼拝そのものの構成、そして礼拝の中での各曲の役割と意味を知っていた方がはるかに役立つ---これは確かだ。
しかし、それでいいんか?っていわれると、なんだかねぇ。
つまり、キリスト教の側から考えれば、ミサは信仰の中心に位置する儀式であって、信仰無しに、知識のみによって参加しようとしても意味は無いと主張できるだろうし、他方、音楽の側からすれば、音楽にとってのリアリティを追求するなら、本物の信仰も必要になるだろう。まあ、あくまでもミサ曲、あるいはこれに類するキリスト教音楽についての話だが。

この疑問は、「音楽は奏者の共感によって正しく解釈される」という前提に立っている。だから、何も教会音楽に限らず、他の音楽にも通じて、明らかにしておくべきことが、なんかモソモソとあるんじゃないかと。このことを考えると、いつも思い出すエピソードがある。チェロの友人の話だが。

「マタイ受難曲を弾くと、その時だけ、『ああ、キリスト教徒になってもいいかな』って思う。」

この感想には、深い意味があると思う。きっと、そう思う時の彼の演奏は素晴らしいものだろうし、その演奏はキリスト教的にも完全に正しいものだろう。他方、共感や解釈は、必ずしも演奏に先立っている必要はないという事も明らかにされている。これは、演奏家が、演奏の瞬間に、音楽に対して、聴衆に対して、どのような精神的立場を取り得るのかという問題に示唆を与えている。

話は飛ぶが、イスラム教の音楽って知ってるか?
答えは「無い」だ。
彼らの考え方では、「音楽は酒や麻薬のように人の心を酔わせて、理性的な働きを麻痺させる。」らしい。
これはこれで、音楽の本質を見ているようだし、はっきりしていてよろしい。しかし、そのせいで、音楽は発展しなかったんだな、あっちの方では。人間て何なんだろうねぇ。まじめ過ぎると、進歩しないんだわ。俺みたいな人間も社会には必要って事か・・・。

で、音楽が先か、教会が先か、どっちが上かなんて話をしても始まらんと思うんで、こんな話はどうだろう。
前にもどっかで書いたんだが、ネアンデルタール人の笛の話。

20年程前に、スロベニアの洞窟で、ネアンデルタール人のものとされる、指孔のある骨製の笛が見つかった。でもねぇ、ネアンデルタール人って、言葉をもっていなかった。話せなかったのよ、骨格的に声、出せなかったらしい。そこで、その笛で、何やってたの?って話だ。この話、実は最後に「落ち」があるんだが、この頃の話って、専門学者を含めて、想像自由の世界だからね。だって、骨と一緒に多くの花粉が発見された・・・だから、死者は丁寧に花を添えられて埋葬されていた。こんなんで、ちゃんとした学説だから。だから、我々も、フルート吹きとして、精一杯想像力を働かせてみようじゃないの。(続く)

きょうはここまでだ。

キリスト教について知っておこう・・・(3)

聖霊降臨後、イエスの誕生を待ち望む期節までは、小さな祝日がいくつかあるが、これは教派によって扱いがかなり違う。こういった教会歴をきちんと守るのは何といってもカトリックだ。そして聖公会、ルーテルなども教会歴を大切にする。改めて確認しておくが、カトリックはローマ、バチカンが中心で、トップは教皇。信徒数は約12億7千万人。聖公会というのは、イギリス国教会の系統。トップはイギリス君主、エリザベス女王だ。聖職者のトップはカンタベリー大主教。信徒数は約7千万人。ルーテルというのはその名の通り、マルティン・ルターによって興されたプロテスタントに数えられる教派だ。信徒数約7千4百万人。そう、なんといってもJ.S.バッハを生んだ教会だ。音楽には特に関係が深い。なんと今年は宗教改革500年目に当たる。「その他」っていうとものすごく怒られそうだが、まだまだたくさんある。省略御容赦。そうそう、ちょっと前の記事に、イスラム教徒の数が、カトリックの信徒数を抜いたとあったな。

ちなみに、神父というのはカトリックのみで使う敬称で、職名としては司祭だ。つまり、神父が教会で司祭として典礼を司る。これが聖公会になると、司祭が牧師として礼拝を司る。プロテスタント諸教会では牧師という職名しか用いない。面倒だと思ったら、カトリックの教会では「神父様」、そのほかの教会では「先生」と呼んでりゃ間違いはない。

さて、クリスマスは12月25日だ。日本ではクリスマス・イブといっては盛り上がり、驚くことに、25日にはクリスマスケーキも半額になっていたりするが、クリスマスは25日だ。その25日からさかのぼること4回前の日曜日から、教会歴の1年がスタートする。この期節をカトリックやルーテルでは待降節、聖公会では降臨節と呼ぶ。英語ではアドヴェントだ。アドヴェントには4本の蝋燭が用意され、日曜日ごとに1本ずつ点火される。アドヴェント・リースとか、アドヴェント・クランツのようにモミの木などの装飾を伴うことが多い。そして、この3週間あまりはイースター前と同じく「悔い改め」の期間とされる。だから、日本でよく行われるこの時期のコンサートは、クリスマス・コンサートではなく、アドヴェント・コンサートというほうが適切だ。このアドヴェントは早くて11月27日、遅いと12月3日に始まる。いわゆるクリスマス・シーズンというのはここからで、いくら商売といっても、これより早くクリスマスなんちゃらと言ってはいかんぞ。

ついでに言っておくと、カトリックなどの教会では、通常午前10時ころの典礼(ミサ)のほかに、祈りの時間が1日に数回決められている。大きなものでは、「朝の祈り」と「夕(晩)の祈り」だ。で、12月24日の夜に教会で行われるのは、「夕の祈り」の拡大版で、ミサではない。ミサではないという事は、聖書の朗読や、聖歌・讃美歌などの繰り返しであって、ミサ曲にあるような、グロリアとか、アニュス・デイなどは歌われることは無いし、聖体拝領(パンと葡萄酒)もない。この祈りの時まで、まだアドヴェントの蝋燭が4本点いているはずだ。クリスマスのミサは、正式には12月25日午前零時から行われる。交通の便を考慮して、若干早く始めるところもあるが。多くの会衆が参加するミサは25日の午前10時ころ始まる。

キリストの誕生は、羊飼いたちに真っ先に知らされた。この頃の都市というのは、城壁で囲まれていて、夜になると城門は閉じられた。羊飼いたちというのは、この城門の外にいる最も下層に属する階級の人々で、そういう人達に救世主の誕生が最初に知らされたという、そういう意味なんだって。単に夜通し起きてたから・・じゃないんだ。

教会には祭色というものが決められている。祭壇の布や、司祭の服の色が教会歴に従って何色かに変えられる。(教派によって若干異なる) この「悔い改め」の期間は、どの教派も祭色は紫だ。だから、アドヴェント・コンサートに呼ばれたら、何かしら紫のものを身に着けているといいかもしれないよ。私は、ネクタイかポケットチーフを紫色にすることにしている。

きょうはここまでだ。

キリスト教について知っておこう・・・(2)

復活祭(イースター)が年によって移動する事は昨日述べた。そのイースターから46日前の水曜日が、「灰の水曜日」と呼ばれる。この日から、イースターまで教会は「悔い改め」の期間に入る。節制をするわけだな。伝統的に、断食とか、「肉を食べない」習慣があった。これは、イエスが宣教を始める前に40日間荒野で断食をしたことに因んでいる。聖書には悪魔の誘惑で試されたとある。神の子としての最終テストだったわけだな。なんで、46日前かと言うと、イースターまでの間にある6回の日曜日を数えないからだ。この期間を、四旬節、大斉節、受難節などと呼び、節制をし、派手な祝い事も控えるのが習慣だった。今でも、カトリック、聖公会などの教会では、結婚式はしない。この期節のほか、クリスマス前の4週間も節制、悔い改めの期間とされていて、同様に結婚式はできない。「結婚式は教会でやりたいなぁ」って思っている君! 憶えておくといいぞ。結婚式場付属のなんちゃらチャペルでは年中やってるけどね。あれ、外国人のすごくいいアルバイトなんだぜ。俺の知り合いもやってる。話が飛んだ。

で、断食しなくちゃならないから、その前に肉を食いだめる。これが、謝肉祭=カーニバルだ。だからぁ、昨日も言ったけど、8月に「サンバカーニバル」なんてやっちゃダメよね。ついでの話だけど、実は敬虔なキリスト教徒は、金曜日に肉を食べないという習慣がある。これはカトリックでも公式にはもう無くなったようだが、個人の習慣として、あるいは社会の一部分に残っている。現在はどうか知らないが、私がベルリンに居たころ、1970~80年代の学生食堂では、金曜日は必ず魚料理だった。もうひとつついでに、この学生食堂にドイツの「良いお家」のお坊ちゃまと昼飯を食べに行った。ちょうど金曜日で、魚だったんだが、このお坊ちゃまは絶対にナイフを使わない。なんでかって聞くと、「これ、魚用のナイフじゃないもん」だって。確かにな・・・。ドイツでは、茹でたジャガイモにはナイフを使わないという習慣があるんだが、これにはびっくりしたね。「絶対に肉用ナイフで魚を食べてはいけない」そうだ。さらについでに、彼は同じシュミッツ博士のクラスで、クラス演奏会のときは必ず暗譜で吹いていた。目を瞑って演奏するもんだから、少しずつ回転して、C.Ph.E.バッハの無伴奏ソナタ吹き終わる頃には、一回転していたという逸話の持ち主だった。話が飛んだ。

イースターが終わると、教会はなんとなく明るくなる。そして、イースターから数えて40日後、イエスの昇天を祝う。これ、教会的には大事な祝日で、諸外国で祝日になっている国も多い。40日と言うのは正確にはイースターから数えて6週間たったあとの木曜日だ。さらにその10日後が、五旬祭、聖霊降臨日と呼ばれる祝日だ。信徒たちの上に聖霊が降りてきた日とされる。計算すれば分かるが、必ず日曜日だ。この日は教会の誕生日と考えられていて、バザーなんかやるところが多いな。今年は6月4日だ。近くに教会があったら覗いてみるといい。あ、日曜日なんで午前中は礼拝やってるから、バザー目当てなら午後からな。

きょうはここまでだ。