「音楽の話」カテゴリーアーカイブ

フルートの吹き方 練習(5)

きょうはちょっと変わった練習方法をご紹介。倍音を吹く練習だ。最低音のC(ド)の指で出せる倍音はこんな具合だ。

このうち、大事な倍音は第二倍音と第三倍音だ。第二倍音は2オクターブ目の音を出す時に、第3倍音は3オクターブ目の音を出す時に必要だ。高い音域は多くの場合、強く吹かれ過ぎている。こんな実験をしてみるといい。F(ファ)の指使いで、第3倍音のC(ド)を出してみよう。そのままの吹き方で、(強く吹かずに)左手の中指を上げてみよう。たぶん3オクターブ目のF(ファ)が出てくるだろう。つまり、強さはそれで十分だという事だ。次に、2オクターブ目のG(ソ)より上の音も多くの場合強く吹かれすぎている。1オクターブ目のD(レ)の指使いで第三倍音のA(ラ)を出してみよう。そのまま吹き続け、途中から指をA(ラ)の指にしてみよう。どうだろう?かなり済んだ2オクターブ目のA(ラ)が出るのではないだろうか? ただし、この時、倍音のA(ラ)と正規の指使いのA(ラ)の音程が違っている時は、吹き方がヨロシクナイか、楽器の調整、特に反射板の位置が狂っていることが考えられる。吹き方がヨロシクナイというのは、極端に低く、あるいは高く吹いていると、このような現象が起きる。

さて、そこでこんな練習を日課にすると良い。

ゆっくりでいい、音符一つが=60くらいだ。

たまに、思いついた時でいいので、倍音列(最初に挙げた譜例)を下から順にスラーをかけて吹いてみよう。アクセントが付かないように気を付けて。上は3オクターブ目のB(シ♭)位でいい。出来たら同じようにスラーで下がってくる。こっちの方が難しいはずだ。

練習の方法というのはとても大事だ。それを知っているか否かで、結果が大きく変わることがある。友達に中国人のヴァイオリニストがいる。彼に聞いた話だが、中国のあるピアノ科の学生は、コンクールに優勝した同級生の練習を、一日中ホールの客席に隠れて聴いていたそうだ。皆、そうして練習方法を盗んでいたという。うーん、中国らしいと言ってしまえばそれまでだが、結果から盗まずに、練習方法を盗むという発想、日本人には無いな。この話を聞いたとき、[盗む」という言葉に否定的なニュアンスを全く感じなかった。それよりも、彼らの繰り広げる競争に「中国恐るべし」と思ったものだ。

真面目に徹するとつまんねぇな、でも、少年少女が読むかもしれんからな・・・

きょうはここまでだ。

フルートの吹き方 練習(6)

さて、皆の大好きな指の練習だ。指の練習と書いたけど、指を速く動かす練習じゃない、そう思っていた方がいい。指なんて、日常生活に困らない程度に動いていれば、結構速く動くもんだ。不器用って言葉があるけど、私が思うに、あれ、別に指が動かないんじゃないね。神経の使いどころがよく分かってないんじゃないかなと思う。もし、特別に動かしにくい指使いがあれば、やみくもに何百回も動かそうとせずに、まずその原因を探ろう。すると多くの場合、持ち方であったり、姿勢であったり、音の出方だったりが原因であることがわかる。それらの改善ができてから、ゆっくりと、指を動かす練習をしよう。そこで行うのは、素早く動かす練習ではなくて、神経を繋げる練習だ。太極拳みたいにゆっくり動かせばいい。

どんな練習があるのだろうか? まず、音階練習だ。前にも書いたが、タファネル&ゴーベールの最初のセクションも音階練習のうちだが、私はあまり薦めない。なぜかというと、音階を理解していて、その時何調を吹いているのかが分かっていればまだしも、次々に変わる音階のために、音階・調性感覚は得にくい。冗長だし、音域が徐々に高くなっていくので、低音と高音の吹き方に一貫性が無くてもこなせてしまう。一例として、ハンス・ペーター・シュミッツ博士のクラスでやっていた音階練習を紹介しよう。

途中を省略したが、テンポと最高音は力に合わせて決めたらよいだろう。ちなみに、クラスでは4オクターブ目のE(ミ)で折り返していた。テンポは最大で4分音符が108だった。これはかなり速い。最初は、最高音を4オクターブ目のC(ド)八分音符を60位で十分だ。これを、各々の調で(スタート音はその調の主音)以下に掲げる9種類のアーティキュレーションで行う。

シュミッツ博士のクラスは隔週土曜日がテクニックのグループレッスン(4名くらい)だった。この時、この音階練習を1小節ずつ交代で輪のように回していく。この1小節ずつ交代するというのは、一人でやるより効果的だ。音程も合わせなければならないし、前者のタイミングで出なければならない。自分の癖を知ることにもなるので、一人で全部やるより効果的だ。仲間と、あるいは先生とやるのが効果的だろう。アーティキュレーションを変えるのはとても良い効果を生む。スラーや、スタカートが単なる記号としてではなく、言葉におけるニュアンスのように身に着く。譜面を読むときに、スラーやスタカートを正確に読むことに繋がるし、表現として理解できるようになる。

昔知り合ったフルート吹きは、若い頃指に鉄の輪っかをはめて練習したそうな。指でフルート潰そうと思ったんかいな? で、結局、腱鞘炎になった。こんなおバカはしちゃダメよ。考えるだけでもア〇だから。たしか、「なんチャラの星」に、大リーグ養成ギブスというのがあったな。ほんとは、ギブスって石膏のことだから。それ、固めちゃうだけだし、正確な発音はギプスだ。あ、思い出した。師匠のK師は大のタイガースファンで、当時ジャイアンツファンだった中学生の俺を、「頭が悪い」といつも罵っておった。悔しかったなぁ。その後、何十年か、十何年か経って、ジャイアンツファンは止めたが、タイガースファンになる事は無かったな。トラウマだな。これがトラウマの語源だ。

きょうはここまでだ。

フルートの吹き方 練習(7)

テクニックの練習を調性のあるものと無いものに分けると、昨日の音階練習に加えて、アルペジオの練習が挙げられる。各調の主和音と属七をやっておけばま、殆どの和音に対応できる。減七のアルペジオについては、先に述べたのでここでは省略するCdur(ハ長調)とDdur(ニ長調)を例にとって譜例を示す。最低音はC(ド)最高音は4オクターブ目のC(ド)としておく。

これを、スラーとスタカートで練習する。連桁の区切りに注意だ。3つ取り、4つ取りで双方を練習するといい。最初は大変かもしれないが、パターンを覚えてしまうと楽にできるようになる。これ、暗譜しちゃった方が早いよ。これも、太極拳のようにゆっくりだ。

続いて属七だ。面倒臭いから、Ddur(ニ長調)省略するぞ。上の譜例と同じように考えればいい。

余談だけど、譜面書くのもとても大事なお勉強だと思う。最近は、コピー機でいとも簡単にコピーができる。音大生といえども写譜なんてしたこと無いと思う。写譜ペンだって今、売っているのかいないのか。鉛筆の方が綺麗に書けるけど。コピー出来るから、楽譜を大切にしない。たまに書くと、下手糞で読めない。めくりを工夫しなきゃならない時、数小節書き写せばいい時でも、1ページ丸々コピーして、残りをあっさりと捨ててしまう。ベルリンにいた頃古道具屋で、あるフルーティストが残した手書きの「オーケストラスタディ」(オーケストラ曲の、難しい部分だけを抜き書きしたもの)を手に入れた。2マルク、200円くらいだった。100ページ以上あって、それぞれの断片の後に、それを演奏した日付が入っている。名もないフルート奏者だが、その魂を受け継いだような気がして、宝物にしている。

きょうはここまでだ。

 

フルートの吹き方 練習(8)

調性の無いテクニック練習の筆頭は半音階。これ、やっていると何でもなくできるが、やってないと情けないくらいできない。練習自体は面白いと思うんだが・・・フルート初めて持った中学生の頃、遊びでこればっかやってた。音楽というより、機械いじりのように面白かったからだと思う。いつも「音楽」、「音楽」なんて言っているけど、男の子にはこういったアプローチも有りなのかなと、ジジイは思う。

機械いじりと思えば、譜面なんかいらないよな。好きにやればいい、アイデアもどんどん出てくるはずだ。ま、例としてふたつ挙げておこうかな。上は単なる半音階で、楽譜が長くなるので上を3オクターブ目のC(ド)にしてあるけれど、一気に4オクターブ目まで行っちゃおうぜ。要点は、3つ取りと4つ取りを両方やっておくことだ。間違っても5つ取りとか7つ取りとか、そういう変態練習はしない。そういう趣味ならやる。3つ取りしたときの各グループの頭の音は、減七の和音になっているので、それを覚える役にも立つ。

これ、俺がガキの頃考えた半音階。こればっかやってた記憶がある。シュミッツ博士の教則本にも載っている。これも、てっぺんを適当に書いてあるが、やっぱり4オクターブ目のC(ド)までやると、「やった」感があるぞ。上記ふたつは、メトロノームを使ってもよいが、3オクターブ目から4オクターブ目にかけてはとても難しくなる。そこで、その難しいところに差し掛かるにしたがって、リタルダンドし、降りてくるにしたがってテンポを徐々に戻す、という方法が良い。コントロールを効かせるのが何よりも重要だ。この音型は、半音以外にも使える。長2度、短3度、長3度などの幅でやると、怖いものなし・・・だが。

これだけテクニックの練習があるけど、ホントにやる? 音大の学生なら、一度はやってみるべきだろうね。でも、これをやったからと言って、どんな曲でもスラスラ吹けるようになるかといいうと、そうはいかない。難しい曲は、結局、難しいところをそれなりに練習しないと吹けない。沢山書いてきたけど、言いたかったことは、タファネル&ゴーベールをなんも考えずにやっても、「時間がもったいないよ」ということ。何か問題が生じたら、あるいは自分の何かしらの欠陥に気づいたら、その時、その目的に合った練習を考えよう、という事だ。

楽譜作りに時間がかかってしまって、オチを思いつかない。
っつーか、インフルエンザのお坊ちゃまを預かっているんだが、元気で飛び回っちょる。恐怖だ。

きょうはここまでだ。

脱線 うにクレソン

偉大なるJASRAC様のみか〇め料に腹を立てていたら、ふと、「うにクレソン」を思い出した。うにクレソンというのは、今では広島名物らしいけど、20年程前は「中ちゃん」名物だった。「中ちゃん」という店が、広島のどこにあるのか今ではさっぱりわからない。タクシー捕まえて、「トルコ女子寮!」って言うと「中ちゃん」の前に着いた。

広島のホールで演奏会があった。例によって、出待ちの馬鹿話で、本番後に行く店の話をしていた。「トルコ女子寮ね!」ってのが、近くにいた舞台スタッフに聞かれて、怪訝な顔をされた。慌てて、「中ちゃん」の話をしたら、「なんで、音楽の人は皆『中ちゃん、中ちゃん』って言うんですかねぇ」って不思議がってた。

中ちゃんという店は、小さくて汚い店だった。「お世辞にも奇麗じゃなかった」って、書いてもいいんだが、それでは、かえって失礼な気がする。働いているのは中ちゃんひとりだ。行ったときは満席だったが、中ちゃんが外にビールケースで即席の席を作ってくれた。鉄板焼きの店なんだが、何でもたっぷりのバターでササッと焼いてしまう。音楽家仲間に伝わっていた絶品「うにクレソン」他を注文した。他ってのがさっぱり記憶にない。驚きは飲み物だった。「そこ行って、自分で買って来い」って言う。角を曲がった数メートル先に、ビールの自動販売機があった。

料理はどれも、とにかく美味しかった。この食事の最中に、見るからにそれ系の、ふたりの強面のお兄さんがやってきた。中ちゃんとごそごそやってる。中ちゃんが、何やらお札を数えだした。結構な金額だった。みんな固まってた。ヤの字がみ〇じめ料取っているんだろう、というのが我々の推量であったが、競馬の飲み屋かもしれないし、借金の取り立てかもしれない・・・領収書の出るような金でないことは確かだった。とても安い料金の店だったから、一日の売り上げではとても賄いきれないような金額を支払うのを目にして、中ちゃんの、不愛想で無口な理由が、「飲み物なんか出してらんねぇ」理由が分かるような気がした。

「みかじ〇料」って言葉で、ふと、思い出した「うにクレソン」。検索かけてみたら、広島名物になっているんで感動した。中ちゃんは2011年に亡くなっていた。Mixiにスレッドが立っていて、亡くなった時の様子も解った。中ちゃんは、「うにクレソン」を残して逝った。今では広島名物の「うにクレソン」だ。すごいな。

折角、中ちゃんの業績を讃えたのだから、不愉快な話に戻すのは止める。ただ、何かを残す権利もそして義務も、常に私たち音楽愛好家の側にあるんだ、とでも言っておこうかな。

きょうはここまでだ。

続番外 ♪JASRACは金持ちだ♪

JASRACは金持ちだ
金蔵建てた蔵建てた
脅してテラ銭取ってきた

JASRACは金持ちだ
金蔵建てた蔵建てた
天下りにテラ銭なめさせた

うわぁ! このブログの上品さに合わないな。 えぐいな。本来であれば、本欄では音楽とは何なのか、その中で著作権をどう捉えるべきかというような話をしたい。しかし、著作権=著作権料徴収としか考えないJASRACの見事なご活躍の前に、綺麗ごとばかりを言って居られなくなった。私をトランプにしたのは、JASRAC!お・ま・え・だ! Make Music Great Again!

JASRACに貯めこまれた金額があまりに膨大だと、大分前に問題になった。取るだけ取って、分配してないんじゃないの? と、誰もが思った。実際、無茶苦茶な課金の例も沢山出てきた。やっと、数年前に、公取がJASRACに処分を下した。「包括契約」というやり方が、新規参入を妨害しているというわけだ。(2001年、法改正により新規参入が可能になった。)しかし、ヘタレの公取は逆にJASRACに訴えられて逃走。そりゃ怒るよ、新規参入しようとしてた団体は。結局、最高裁まで行っちゃって、JASRACは敗訴だ。すったもんだの挙句、去年、JASRACの公取による排除命令は確定した。はずだ。だが、結局、ヤクザ組織が増えただけ。勇んで参加した新規参入業者も、毒酒飲まされたようだな。

そもそも、この「包括契約」とは何か。「はい、オタクの儲けのウン%がみかじめ料だから。払ってくれたら好きに商売してくれていいから」っていう契約だ。ここで、すぐに思いつくのは、「本来の著作権者への分配はどうなるの?」でしょ。これも、かなり批判されて、少しはマシになったらしいが、どんぶり勘定、分け前分配という発想に変わりはない。しかし、この問題だけでは、独禁法は関係ない。何が問題か。現場では、包括契約結べば、楽だ。手続き無しに使い放題だから。だから、JASRACに入っていない音楽家は、「面倒くさいから、使わない」になるんだな。「なに? JASRAC入ってないの? 面倒だから来なくていいよ!」って言われる。

しかしな、これが大問題なんだが、JASRACへの登録は、JASRACに著作権全部差し出しちゃうって契約なんだ。単に「著作権料徴収代行組織」と思ってたでしょ? 違う。だから、JASRACは本来の著作権者に断りなく、好き勝手に課金出来るし、理屈をつけて、取れるところから取ろうとする。ストリート・ミュージシャンからも著作権料取りたいって、音楽家なら普通思わんよな。自作自演でも、一旦JASRACに払う、抜かれて戻ってくる。は? だろ。将来の音楽家を生み出すであろう音楽教室の、「先生の演奏から著作権料取ってこい!」って考える作曲家は、おんまり居ないと思うがなぁ。でもね、JASRACに登録しちゃうと、もう発言権無いのよ。「音楽」なんか考えたこともない人たちは、「創造」っていうと、こういうの作っちゃうんだね。てっぺんが、天下りだから、下まですごいよ。私たち、彼らを喰わせるために音楽やってんじゃないから。検索かけると凄いよ、JASRACの悪行が。スナックで「泥棒!」って叫んで著作権料徴収しようとしたとか、ストリートミュージシャン数人で囲んで「払え!」って言ったとか。年間売り上げ二十数万の店に、百万円以上の著作権請求したとかね。

笑っちゃうのは、チャリティーコンサートにまで課金しようという根性だ。「社会福祉の増進、または災害等による被災者支援の目的で開催するチャリティー演奏会等でJASRAC管理作品を利用される場合、主催者が入場料収入を一定の公益目的の団体等に寄付したときは、その寄付金額に応じて使用料を減額いたします。」だって。なんだ、この超上から目線。「いくら寄付したか言いな! 安くしてやっから!」としか読めないんだが。

ま、著作権というものが認められている以上、「払わんでいい」かどうか決めるのは、偉大なJASRAC様だ。しかし、なんであんなにお金貯めこめるんだ? 天下りに高給支払って、まだ余ってて、「音楽文化の普及発展に寄与する」ために、イベント・コンサートまでやってる。

これ以上書くと、指と口が腐る。

いい曲があったら、作曲家の言い値で買ってでも演奏するんだが・・・
Make Music Great Again!
きょうはここまでだ。

番外 JASRAC – この救いようのない人達

JASRAC(音楽著作権協会)がまた何か企んでいるらしい。音楽界では様々な職種があり、それぞれ分担して仕事をし、各々の立場で、音楽界の発展を願っている。その中で、作曲家や、演奏家が特に上位の存在であるとは、誰も思っていない。だが、「著作権」という「概念」を錦の御旗に、その中でコソコソとテラ銭商売を企むのは、私に言わせれば、最も下衆な商売だ。JASRACの成立に関しては、ここでは書かない。検索かけてくれれば分かるだろうから。

忘れもしない、JASRACと私との間で十数年前に起こった事件について書く。当時、アンサンブルを組んで全国で演奏会をやった。主催者は色々であったが、多くは音楽とは関係のない団体で、コンサート開催の経験も豊富でなかった。だから、開催業務、もちろん著作権料支払い、それにかかわる申請業務一切を、私の事務所で請け負う契約にしていた。主催者には、「JASRACから著作権料の支払いについて連絡がありましたら、こちらに回してください」と言っておいた。

演奏曲目の中にピアソラが入っていた。ご存知の方も多いと思うが、JASRACでは、音楽をクラシックとポピュラーに分けていて、著作権料に大きな差をつけている。(クラシックの方が高い) 数か月前に開催した中国地方での演奏会では、JASRACの神戸支部がピアソラをポピュラー音楽と規定して著作権料をかけてきた。もちろんちゃんと支払った。そして、別の演奏会の後、JASRAC東京からの請求を見たら、同じピアソラの曲がクラシック音楽に分類されていた。JASRACに「どうしてまったく同じ曲を同じ形態で演奏して、ジャンルが違うのか?」と訊ねた。当然、まともな回答などできるわけもなく、「そっちはそっちの判断で・・・モゴモゴ」だ。しょうがないから「ピアソラをクラシック音楽と規定した根拠を示してください。」とお願いした。数日後、雑誌のコピーが送られてきた。何が何だかわからないと思っていたことろ、JASRACの担当者が電話をかけてきて、「そこに書いてあるでしょ、ピアソラは、パリでナディア・ブーランジェに師事していた。」って言う。「はぁ???」それだけかよ。根拠って。じゃ、他のポピュラー音楽作曲家は、クラシック系統の先生には師事してないの? それ、調べたの? もっと言やぁ、ピアソラは、ブーランジェに、「あんた、国へ帰ってタンゴやりな!」って言われたんだぜ。

な、いい加減だろ? 腹立つよな? で、これは納得がいかないから、争う旨、宣言しておいた。ついでに「このやり取りは録音してある」とも言っておいた。そうしたら、なしの礫だよ。一件落着と思うだろ? これが違ったんだよ。

うちとかかわると面倒になると踏んだJASRACは、主催者を脅かして、支払わせた。素人の団体に、「日本音楽著作権協会でござる。支払い義務は主催者にあり・・・」って脅かした。主催者のご婦人が、びっくりして、払っちまったんだよ。

課金の根拠もいい加減なこんな組織が、音楽家の代理のような顔をして商売をしている。(じゃ、ピアソラ側にはいくら払うのよ?) これからの音楽の発展を誰もが願っているこの音楽界で、子供の音楽教室から、著作権料を取ることに賛成する音楽家はほんとうに居るのか? 一銭でも多くのテラ銭を取れるところから取る、こんな事ヤクザでもやらない。店がみかじめ料に文句言ったら、客を脅して取ったんだぜ。

下衆、思いつく言葉はこれしか無い。

きょうはここまでだ。

フルートの吹き方 癖(1)

仮に、誰もが認める大奏者に、何らかの癖を見つけ出したとしよう。で、それを真似すれば、その奏者のように吹けるようになるとはだれも考えないだろう。しかし、かっこだけ真似て、脳内で大奏者になって、うっとり吹いてみるのも、楽しいに違いない。恰好を真似る為の観察も、フルートをうっとり吹きたいと思う心も、どちらもフルートに対して積極的でなければならず、それは貴重で大切なものだ。

「癖を直せ!」と、言うのはものすごく簡単だ。医者が患者に「安静にして、規則正しい生活を・・・」と言うくらい簡単だ。ついでに言うと「頑張りましょう」「練習しましょう」「落ち着いて吹きましょう」も簡単だ。「正しい姿勢で」も簡単だし、「力を入れないで」も簡単。ずっとお読みいただいている方にはお解りいただけると思うが、「どうすれば頑張れるのか」「どうすれば練習したくなるのか」「どうすれば落ち着けるのか」「どうすれば・・・・できるのか」を書いてきたつもりだ。だから、「どうしたら癖を直せるのか」を書かねばならない・・・厄介だなぁ。

どうして厄介なのかというと、「癖」と「個性」の境界は、結果によってしか判断できない。そして、結果とは何か。大奏者としての評価を得るまでになれば、それを個性と評価して良いのか。でもな、癖のある奏法の大奏者は歳を取るとボロボロになるぞ。フルートだけじゃない、他の楽器でもそうだ。大奏者だから、あえて名前を挙げないけど。人は老いる。若い頃と、同じ顔をしたまま歳は取れない。大女優以外は。?。顔や、唇の状態が日々変化していくなかで、癖のある奏法をいつまで維持できるのか。やはり、合理的な奏法がいいんじゃないか?60になっても、70になっても、80になっても活き活きとした音でフルートを吹きたくないか?

しかし、こういうこともある。例えばテニス。40年前と今とでは全く違うテニスをやっている。バックの両手打ちなんか殆どいなかったし、えげつなく回転するボールも今日ほど打たれることはなかったと思う。でも、明らかに先駆者がいて、新しいテニスを創り、発展させてきた。「美しいテニス」が価値としてあった時代に、両手打ちなんかみっともなく見えた。フルートにおいても、今は単なる「癖」にしか見えない事が、「先駆的役割」につながるかもしれないのだ。

癖を直すのは苦しい。同じパッセージを何十回も繰り返すなんて、癖を治すことに比べりゃ楽なもんだ。ちゃんと言おうか。直さなければならないと自覚している癖から目をそらして、ガンガン練習しては、いかんよ。勇気だ。信念があるなら、貫いた方がいいい、誰が何と言おうとも。だが、「まずい」と思ったら、すぐに直したほうがいい。分かってる! 誰でも。物凄い勇気がいるんだ。根気と忍耐を支えるのは勇気だ。良い先生は、きっとそれを支えてくれる筈だ。

わが師ハンス・ペーター・シュミッツ博士は生徒の前で一切フルートを吹かなかった。薄い鞄ひとつだけ持って、レッスンにやってきた。30代で現役を引退していて、生徒の間でも、果たして自宅で吹いているのかさえ知るものはいなかった。「生徒は、まず先生の一番悪いところを真似をする」から、らしい。このブログの最初の方で、「私たちは誰も聴いたことがないような美しい音」で吹くことが目標であり、誰もがそれを実現することが可能と書いた。 (2016年12月26日)その意味で、博士には多いに大いに感謝している。すべてを、考えさせてくれたからである。

きょうはここまでだ。

フルートの吹き方 癖(2)

癖というと、持ち方とか、アンブシュアとかすぐに考えつくが、実はまだある。でも、今日は持ち方だ。

持ち方について私がどう考えているかは、申し訳ないが「フルートの吹き方 持ち方(1~4)」を今一度お読みいただければと思う。色々な持ち方があって良いのだが、やはり、右手の薬指、小指あたりが、伸びきって突っ張っているのは明らかに、指の動きに支障が出てくると思う。つい最近YouTubeで見たんだが、あの有名フルート奏者P氏の右手小指は突っ張ってるな。真似はしないほうがいいと思うよ。言い訳にもしないほうがいいと思う。私だったら生徒に注意する。そのとき「だってP氏もそうしてるもん」って言ったら、もう何も言わんが。英国のことわざだったかな、馬を水場に連れて行っても、首を下げるのは馬自身だから。You can lead a horse to water, but you can’t make it drink. 冷たく言ってるんじゃなくて、苦労を知っているから。私自身、最初の3年くらい指を突っ張らかして吹いてたからね。さて、ちょっと頑張ろうか。

こう持たなければならない、ここをこう直さなければと、負の要素であまり考えないほうがいい。目標を大きく置いて、それに必要な技術だと考えるようにしたらどうだろう。良い音を出すためにというところでさんざん書いたのだが、「息のエネルギーを最大の効率で音に変える」事を目標にしたらいい。これは言い換えると、「無駄な力を使わない」「なんにもしないで吹く」だ。スッと立って、ふわっと楽器を持って、普段の顔で吹くということ。それが理想だ。そのためにはどうしたらいいか・・・ああ、じゃあ持ち方の研究をするか・・・のような思考順序で行ったほうがいいんじゃないかと思うな。そして、3日間、研究と我慢だ。フルート持って、歌口は肩に担ぐようにして、手の研究だ。長時間でなくていいから、根を詰めて悩む、祈る、決意する。3日だ。たった3日。その間、ロングトーンとか、すごくゆっくりの音階練習ぐらいならやってもいいが、止めとけ。

ここで思い出したんだが、ハンス・ペーター・シュミッツ博士のクラスでは、最初の半年間、1オクターブ目のH(シ)しか出させない。ほんと、マジで。その間、徹底的に音のコントロールを学ぶんだ。内容は、いつか書こうと思う。で、特にきょう書きたいのは、半年後だ。3週間に1度くらいの頻度で、クラッセ(klasse=Klassenvorspiel)というクラス発表会のようなのがある。半年後に、すごく簡単な曲をもらって、そのクラッセにデビューするんだ、新人が。これが、イイんだな。皆、音楽に飢えている状態だから、どんな簡単な曲でも、喜びをもって、精魂込めて演奏する。これ、感動する。

話を元に戻して、3日経ったら、忘れていい。その3日間の「苦悩」があると、それは頭の隅に残っているはずで、色々な局面で、「気になって仕方がない」はずだ。昔の悪い癖も出てくるかもしれないが、そんなに罪悪感はいらない。禁煙じゃないんだからさ。3週間過ぎればたぶんOKだよ。直るよ。

考えても、考えても答えの出ないとき、一度忘れてみるのがすごく効果的だ。人間、すごい能力があって、バックグラウンドでちゃんと考えてる。そうすると、ある時、問題が解決された状態で、ポッと意識に上ってくる。思いがけない瞬間に。もし、未だ答えが得られない問題があったら、是非試してみて欲しい。

きょうはここまでだ。

フルートの吹き方 癖(3)

吹き方の癖、アンブシュアの癖というのが最も微妙で厄介な問題だ。そもそも、何が正しくて、何が癖かの判断が難しい。しかし、フルートの全ての音域で、強弱や、音色の変化の要求を満たすためには、それなりの柔軟性を持った吹き方は必要だろう。それぞれの局面で、難易度に差があるとしても、「苦手」はなるべく無くしておいた方が良い。

よほどの事情がない限り、唇の中心で吹くことを強くお勧めする。フルート奏者は音楽上の様々な要求にこたえるために、息のスピードや、角度、形、太さ等を臨機応変に、そして瞬時に変えなければならない。しかしその時、息の中心は、必ず歌口の中心を捉えていなければならない。もし、唇の横で息穴を作っていたら、唇に加える力が変化したときに、この中心が狂う可能性が高くなる。そうすると、高音域などで唇に力が加わった時に、発音が困難になってしまうことがある。心当たりがあったら、一度鏡で確認してみよう。鏡は、譜面台に置くより、壁に平行な姿見のようなものがいい。そして、鏡に10センチくらいまで近付いて息の穴の状態をよく研究するんだ。正しいアンブシュアを身に付ければ、4オクターブ目のE(ミ)までは大抵の楽器で出せるようになる。

もうひとつ重要なのは、前回にも述べたが、加齢による顔の変化だ。顔の形は絶対変わっていくのだから、厳密にいえば、日々修正が加えられなければならない。この時、唇の真ん中で吹いているのと、微妙な力加減で横で吹いているのとでは、大きな労力の差ができる。はっきり言おうか。唇の横で吹いている奏者は、多くの場合歳を取ると音色がボロボロになる。別に「横」だけじゃなく、不自然な力を必要とする吹き方は、加齢による変化への対応が難しい。

なぜ、加齢による変化まで気にしなくてはならないのか。それは、吹き方の修正はとても難しいからだ。だから、できれば最初から、真ん中で吹くことを覚えて欲しい。これは99%先生の責任であると思う。どのようなアンブシュアが理想なのかは、「良い音を出には」をご覧いただけたらと思う。

昨日書いたが、ハンス・ペーター・シュミッツ博士のクラスでは、最初の半年間1オクターブ目のH(シ)しか吹かせない。音階練習も、エチュードも禁止だ。そこで、真ん中で吹くことを強制される訳では決してないが、しかし、アンブシュアの再構築は、音ひとつで半年間も練習しなければならないほどの問題なのだ。だから、最初から身に着けておいた方がいい、そして、直すなら早いに越した事は無い。

アンブシュアの癖を直すのは、現在の修正というより、一から作り替えをするんだと決めたほうが良い。覚悟と、忍耐が、そしてそれを支える勇気が必要だ。たとえ、半年かかったとしても、その後に開ける道は遥かに遠いところまで続いているはずだから。

きょうはここまでだ。