「やってはいけない!」カテゴリーアーカイブ

やってはいけない・・・(4)

10)腕自慢はつまらないよ
腕自慢ていっても、ピンキリでね。演奏会自体が腕自慢のピンから、楽器屋さんの店頭で聞こえよがしに大きい音出して吹いてるキリまで、色々あるわな。まぁ、人の自慢話をどれくらい聞いていられるかにもよるけど、あんまり面白いもんじゃないよなあ。でも、よく居るんだわ、自己顕示欲のみでつい吹いてしまう方が。人が聴いてると思うと張り切っちゃうの、傍から聞いてるとすごく良くわかってしまう。どうせなら、もっと大きな欲を持ったらいいと思う。つまり、もっと良いフルート吹きになりたい、いや、もっと良い音楽家になりたい、いや、人間としてもっと立派になりたい。という風にね。 「良い演奏とは」というタイトルで、前に書いたから、読んでくれるとありがたい。で、きょうはその「自己顕示欲」は、少しでも本番に役に立つのかって話だ。

恐らく、モチベーションを高く保つためにはある程度役に立つと思う。だけど、「上がらずに吹ける」かというと、自己顕示欲は「失敗が怖い」という恐怖にも繋がるので、たぶん上手くいかない。で、上手くいかなかったとき、内容が無いと致命傷だ。「致命傷で済んで良かった」っていう冗談で誤魔化せれば次もあるけど。やっぱり、スタート地点を間違えないようにしないとね。しかしだ・・・

オーケストラの1番フルート吹き、大ソロを吹かなくちゃならない・・・オーケストラって嫌なんだよ、ほかのプレーヤーがソロの時、こっちを見ないようにして、耳だけをこっちに集中させてるのすごくよくわかる。聴衆よりも何倍も性質の悪い奴等だからな、結構すごいプレッシャーがかかる。私は、リサイタルで独奏曲吹く時の方が余程楽しい。どんなに上がったって、どんなに上手くいかなくたって、自分の音楽だもん。このオーケストラの大ソロに臨む時、要求される資質って何だろうと考える。覚悟を決めて、腹をくくるしか無い。でも、独奏曲なら「究極の謙虚さをもって音楽の陰に恐怖を隠す」離れ業もできるけど、オーケストラだとそうはいかない。結構、自己顕示欲が助けになったりするんだな。変に考えをこねくりまわすより、「ええい、目立ってやれ!」ってスケベ心で臨んだ方が楽な場合が多い。それがどうしてもできないナイーブなプレーヤーもいて、これはオーケストラのソロ奏者には絶対向かない。「上がる」という恐怖心を抑えるために、本番前にきつい酒をクッとやるのが習慣になって、そのうち指が震えるようになって、それを抑えるためにまたクッとやる、で、アル中になってしまって・・・というプレーヤーを知っている。あんなに上手かったのに、という奏者だった。彼も可哀そうだが、神が与え給うた才能があんな風に朽ちていくのか・・・と見ると、いたたまれない、ひどく胸が痛む。

なんだか悲しくなってきた。

きょうはここまでだ。

やってはいけない!・・・(3)

8)真似をするな
真似したっていいんだけどさ、真似ることができるのは大抵悪い所だから。尊敬するフルート奏者の隅から隅まで真似できたとしても、出来上がるのは上手くいってそのミニチュアだ。本家が偉大であればあるほどミニがつけられると惨めだ。ミニフルトヴェングラー、ミニカラヤン、ミニゴールウェイ、ミニパユ全部ちょっと恥ずかしい。ミニスカート、ミニパトぐらいだと本家がたいしたことないから平気だけど。ミニチュアダックスが自分をどう考えてるか聞いてみたいもんだ。私が、ほんとうの私自身でなければならない状況、虚飾を捨て、過不足なくほんとうの私を知ってもらわなければならない状況。告白するときか? プロポーズのときか? どちらでも構わんが、演奏する時もまったく同じだ。ぎりぎりの勝負をいつもしなきゃならないのが音楽だ、余裕なんかあったら途端につまらなくなる。「他人の真似なんかしてられるかぃ!」ってのが正解だ。
シュミッツ博士は、30代で現役引退。ベルリンの教授の頃は鞄ひとつでレッスンにやって来た。だから、真似のしようもなかった。そのことはかえって、学生同士、多様な個性を聴きあうことになり、とても豊かな経験をしたと思っている。少なくとも、誰が一番先生に似ているかなんて競争はまったく無かったのは幸いであった。ちなみに、教授の鞄の中身は手帳とバナナだったな。毎日、午前10時から午後2時まで、4人のレッスンを休みなく、絶対座らず、立ったままでやっていた。

9)練習を他人に聴かせるな
練習は恥ずかしい。だって、出来ないところをあからさまにするんだから。しかし、これは逆説で、恥ずかしい練習をしよう、という事でもある。細部を磨き、全体を光り輝かせるためには、音にしたって、息取りにしたって、指の練習にしたって、自分の中にある「初心者」をあぶり出し、克服していく作業が必須だ。フルトヴェングラーは何百回振ったかわからないベートーヴェンの5番でさえ、本番直前までスコアを読んでいたという。オーケストラの練習というと、奏者にとっては指揮者に甚だ不名誉な指摘をされることがある。厳しい場面だ。ある指揮者が語っていたが、オーケストラの中に出来上がったカップルがいるとやりにくいという。ある奏者に厳しい指摘すると、全く関係ないところに座っている彼女だか彼氏だかが、ふくれっ面をしているんだそうな。夫婦になると、どうでもいいというオチがついていたから、たぶん冗談だろうけどね。男に限るというオーケストラは無くなったようだが、男女平等という思想だけでこれを否定した結果だとしたら、ちょっと残念だ。誰だって、オーケストラの中で自分の彼女が指揮者にイビられてたら、気分悪くするだろ? いずれにしても、オーケストラのゲネプロに客を入れるなんて全く信じられない。オーケストラや音楽をナメとるとしか思えない。

きょうはここまでだ。

やってはいけない!・・・(2)

4)指のせいにするな
指が早く動かないっていうけど、日常生活を普通にこなしている指なら、充分にして結構、速く動く。電車の中でスマホのゲームやってる指、みんな早いじゃん。あぁ、あれ右手の親指か。早いパッセージがうまく吹けないのは、指が原因というよりは、音がちゃんと出ていないからというのが正解だろう。そして、立ち方、持ち方、構え方の順だ。そして、指は脳味噌持って無いから、本物の脳みそで補ってやるんだ。そして、やさーしく教えてやる。大体、指は誰でも早く動く。昔、爺が若者の頃、パチンコは玉一個ずつ台の穴に左手で入れてたんだ。ガッと左手で球をつかみ、上にした手のひらから親指で一個ずつ流し込んでいき、タイミングを合わせて右手で打つんだ。すっげえ名人が居て、思わず見とれていたことがある。盤面に一度に15個は玉が舞ってたな。もうチューリップが開きっぱなしで、ラッシュアワーの人波のように、球が吸い込まれるなんてもんじゃない、押し込まれていくんだ。あれは美しかった。技術が物を言う遊びだったのだよ。関係ないか。

5)「耐える」を美徳にするな
指の練習でもそうだが、「苦しい練習を克服した暁に勝利を得る」なんてドMじゃないかぎり止めだ。いかに練習を楽しく変えていくかに知恵を絞ろう。「楽しいからできるんだ」に考えを改める。苦労したかどうかの評価は、後々の事、自分だけで収めよう。他人に不寛容になる程苦労しちゃいけない。何時も楽しく練習だ。俺、物を作るのは大好きなんだが、片付けるの苦手。一人暮らしをしていた頃はすぐに部屋がぐちゃぐちゃだ。そういう時は、1パッセージさらう毎に1個物を片付ける。一日やってりゃ客も呼べるようになる。瞬間的に集中する訓練にもなるぞ。メトロノームで1メモリさらう毎に楽譜に点で絵を描いていくってのもやったことがあるな。それで楽譜に綺麗なピアノの絵が描けてね、シュミッツ博士がレッスンの時に、老眼鏡で覗き込んで、「なんじゃこりゃ?」って言ってたな。リズムを変えたり、アーティキュレーションを変えたりなんて当たり前よ。1パッセージさらう毎にポテチ1枚なんてのは止めとけ。楽器の内も外も悲惨だし、それより体が目も当てられなくなる。

6)教わった通りでいいと思うな
上手く吹けるようになるというお呪い(おまじない)があったら信じるか? 教わったことを形だけで考え無しに続けていたら、それはお呪いと一緒だ。とある中学校のブラスバンドを見たことがある。みんなが音を出しまくっている騒音の中で、フルートセクションの何人かが、「せーの」でヒャアーっとロングトーンまがいの事やってた。それ、どうしてそんなことしてるの?って聞いたら、先輩にそうしろって教わったって言う。いつから始まったのかはきっと、誰も知らないんだろうな。可哀そうだよな。そこまで酷くないにしても、ロングトーンなんか、モイーズのソノリテを「音を綺麗にするお呪い」みたいにやってる人多い。いや、モイーズの作だって知っているだけましかも。「指が回るようになるお呪い」はタファネル&ゴーベールだろ? 効果が全然無いとは言わない。だってお呪いだから。お呪いにしたくなかったら、ちょっとだけ考えて取り組んでみよう。

7)勝手に納得するな
大人って始末に負えない。何か問題点を分かりやすく説明すると、「解った解った」ってすぐに納得する。頭でな。で、何にもしないで次に行こうとする。いや、だから「やってみな!」って、「できるまでやってみな!」って。子供は説明なんて聞いちゃいないからね。だけど、興味を持ったり、悔しかったり、楽しかったりすれば、できるまで夢中になってやる。小さな脳味噌フル回転でな。ついでだが、そんな時、子供に、勉強しろとか、飯食えとか、風呂入れなんて絶対言うなよ。

まだ続くぞ。

きょうはここまでだ。

やってはいけない!・・・(1)

「買ってはいけない」という本が一時期売れていたようなんで、フルート「やってはいけない!」シリーズだ。ま、話半分で呼んでくれ。とんがるなよ。尤も、『「買ってはいけない」は嘘である』って本もあって、こっちはAmazonで1円で売ってたから、とんがると負けだよ。

1)心の核に傷をつけないこと
いきなりすごいこと書いちゃう。「どんなに心配事や悩み事があっても、その苦しみを心の核に届かせてはなりません。」 これはハンス・ペーター・シュミッツ博士が最初のレッスンで、最初に私に教えてくれたことだ。そのまま皆さんにお伝えしておく。多感な若者を抱える教授としては、折角の才能が、自分の手の届かないところでひん曲がっちゃうことを心配していたのだろう。親身になって学生のプライベートな心配事の相談にのってくれた。演奏とは、精神と魂と肉体の共同作業だとその著書にも書いてある。厳格で、強面だったけど、優しくて熱い人だった。

2)人の演奏を聴くな
俺、人の演奏ほとんど聴かない。だって、それ、上手いと腹立つし、下手糞だともっと腹が立つんだもん。まぁ、冗談だよ。今、CDやDVDだけじゃなく、Youtubeのようなのがあって、どんな曲でもたいてい見つかっちゃう。発表会なんかで曲を決めると、さっそく探して聴いちゃうんだよな。「あぁ、こんなテンポなのね」とか、「ここで息とればいいんだ」とかね。それ、止めようぜ。いいじゃないの、自分で最善と思ったテンポが他人の半分であたとしても、それで自分の音楽ができるなら。息取りの場所だって、音楽と密接な関係にあるのだから、自分の音楽をしようと思うなら、自分の息取りを考え出さなきゃ意味がない。一度曲を決めたら、以後、完成するまで人のを聴くのは禁止だ。マイナスワンのCDも遊びには面白いが、音大の学生がみんなおんなじテンポでコンチェルト吹いたら、世も終わりだろ。昔、ベルリンで指揮者希望の日本人学生が、練習室でカラヤンのカセットかけながら指揮の練習しているの、偶然目にしてしまった。赤面したよ。なぁ、そいつが、大指揮者になれるなんて誰も思わんだろ? どうせ踊るならエアロビクスの方が、健康になれる分だけ、よほどましだろ。さらに、ネットで手に入るものなんて、俺のブログをはじめとして、ほんといい加減なもので溢れてるから気を付けたほうがいい。

3)楽器のせいにするな
どうしてこんな「やってはいけない!」を思いついたかというと、昨日までのヘルムート・ハンミヒ師の頭部管の話を書いていたからだ。良い楽器に巡り合うことは、フルート吹きにとってものすごく幸運なことだ。良い伴侶に巡り合うのと同じだな。ブランドや金額で評価できないのは、人と同じだ。ただ、結婚しちゃったからといって「釣った魚にエサはやらない」と、面倒見ないのはいかんぞ。メンテはちゃんとやろう、たまには一緒に旅行にでも行こか。俺、明日から温泉に行く。関係ないか。昨日も書いたが、楽器が変わるのと、人間が変わっていくのと、どちらが大きいかと言えば、人間の方がはるかに不安定で変わっていく。不調だと思ったら、謙虚に楽器に聞いてみるのも必要だ。楽器店で、ちょこちょこっと吹いて、「低音が楽に鳴るから」くらいの理由で、浮気してはいけない。たいてい数日たてば、性格が悪いのがすぐにバレる。だいたい、楽器店の店頭で売れる楽器を作ろうと思えば、パッと取って、ちょこちょこっと吹いて、「鳴る」楽器がいいに決まってる。愛想のいい、イカニモ美人だ。でもな・・・、止めとくわ。そのうち、「楽器の選び方」を書くよ。

やってはいけないシリーズ、炸裂させるからな。俺、悪態ついてると活き活きしてくる!

きょうはここまでだ。