「フルートの吹き方」カテゴリーアーカイブ

フルートの選び方・・・(7)

あたり前の話だが、最高の楽器を持てば最高の音楽家になれるわけではない。だから、少なくともある種の音楽家は、自分にとって常に最高の楽器を探し求めなければならないとは思っていない。彼にとって重要なことは、音楽について考え、まさに音楽をすることであって、その欲求が満たされている限り、「今持っている」楽器で充分なのだ。楽器探しの旅に出ることは、彼の目的ではないし、またそんな時間もない。それでも、あるきっかけで、彼の前に素晴らしい楽器が現れ、そのことが彼の新たな音楽的欲求を刺激する事もあるだろう。この瞬間こそ、職人と奏者が「出会う」瞬間であり、新たな可能性が芽生える瞬間かもしれない。でもそれは頻繁に起こることではない。ああでもないこうでもないと楽器について注文を付ける奏者と、単に楽器の「性能」だけを宣伝するメーカーとのやり取りは、単なる市場のざわめきに過ぎない。

マルセル・モイーズがずっと洋銀のフルートを吹いていたとしても、それがそのまま、銀よりも洋銀の方が優れているという選択の結果だとは言えない。「銀よりも、洋銀の方が良い」と言ったわけではないし、「銀じゃなくても、洋銀で間に合う」と言ったわけでもない。

奏者の誰もが、常に「最高の楽器」に飢えていると考えるのは、奏者に対する大変な侮辱だ。だから、誰それが、どこそこのメーカーのこれこれの楽器を吹いているからといって、自分の楽器選びの基準にはしない方が良い。有名な奏者になれば、メーカーだって楽器の1本くらいタダで提供する。直営ショップの店頭に、その楽器を持った奏者の写真とサインでも置けば、充分ペイするだろう。

以前、私の演奏会が終わった直後、楽屋にやって来た男が居た。突進してきて、「楽器を見せてください」と言ってきたので、「そこに置いてあるよ」って答えた。何か質問でもあれば答えようと思っていたが、しばらく見ていて「ありがとうございました」って言って帰っていった。なんじゃい、あいつは。

ある奏者が、自分の師が他界した後真っ先にしたことは、そこへすっ飛んで行って、遺族から楽器を買い取る事だった。王貞治のバットを持てばみんなホームラン王になれるなんて、小学生でも考えないだろうに。情けない話だ。

買い替えについては上記の通りだが、では、初心者はどんな楽器を選べば良いかだ。結論から書く。調整がきちんとされていることが大前提で、カバードキイ、C足部管、Eメカ付き。この線は崩さない方が良い。そして材質は、洋銀製、または頭部管銀、胴体洋銀製。中古で程度が良いものが見つかったら、総銀製もいいだろう。メーカーは知られているところがいいだろう。安価なメイドインチャイナはやめとけ。体験レッスンとレッスン契約で、その場でタダで楽器をくれちゃうナントカ商法もある。絶対引っかかるなよ。謎の壺みたいなもんだからな。いや謎の壺の方が夢が無限だから・・・

最初は楽器の扱いもわからないし、続けられるかどうかも判らないのだから、ある程度練習して、上達したらグレードアップしたらいい。この買い替えというのは、もう一度自分の覚悟や、自分の音楽に向かい合うことができるチャンスでもある。この意味は大きいね。

最後に。金の楽器は私は使わないし、人にも勧めない。金の楽器を買うお金が無いのも確かだが、それよりも、あの、音が直線的に飛ぶのが嫌だ。吹くのに力がいるとか、そんなことは私としてはあまり気にしないが、聴衆ひとりひとりの耳に、音を叩き込むのは私の目指すところではない。2時間の音楽会で、疲れることなく、空間全体が暖かく響くのは銀だと思っている。これらはすべて誤解かもしれないが、今の楽器で「不自由したことはない」のが、一番大きな理由だ。

きょうはここまでだ。

フルートの選び方・・・(6)

1)Eメカ
悩むこたぁ無いよ。付いてるのにしといたらいい。構造的、原理的にはついているのが正しい。無くても出せるって言ってる奴がいるけど、そりゃぁ出るよ。みんなFis3(3オクターブ目のファ#)だって出してるんだから。構造・原理を追求するなら実はFisメカも必要だ。構造的・原理的に正しいんだから、音程も正しい。議論をしても始まらない。「付いているべき」なんて言うと、「じゃぁ、お前らFis3はいいのかよ」って言うだろうしな。ま、少なくとも3オクターブ目のE(ミ)1個でも音が出しやすく、音程が正しいならその価値はあるね。最近のフルートでは機構上の問題が無くなったようだから、標準仕様で付いていた方がいいと思うんだが。なぜ2種類出しているのか少々疑問だ。そんな面倒くさいことするなら、いっそのことGisオープンを出してくれればいいのに。Gisオープンなら、Eメカ的運指を、使うも使わないも「どうぞご勝手に」だ。Eメカ付いてるとG-Aトリルができないって?確かにな。・・・G3(3オクターブ目のソ)の運指から人差し指と薬指を同時に上下させてみな。はい、終了!

あはは、そうだよ、普段から練習しとかないと出来ねえよ!

2)H足部管
オーケストラでHが出てきても、そんなに慌てることは無い。はがきで筒を作って足にかませりゃ出る。局面によってはちょいとひと工夫しなくちゃならないかもしれないが。フレンチモデルならH足部管の方がいいと、昔は言われていた。最近は知らん。たぶん付いていた方が、3オクターブ目がヒャラヒャラしないはずだ。でもな、重くなるぞ。それも右端が重い、だからバランス的に通常、頭部管の方が持ち上がってしまう。左端に重りを付けて調整してもいいけど、そうしたら全体が重くなって、気が付いたら筋肉隆々だな。だから、右端が重いフルートを吹いている人に多いのは、楽器の右をかなり下げて、持ち上がった歌口がちょうど口に当たるようにしている。唇と平行にするには、当然、頭を相当傾げないとならない。さあ、こんな姿勢が一体どこに影響するのか・・・構えに無理があると、指は準備態勢を充分にとれないだろう・・・首傾げて呼吸するのと、真っすぐで呼吸するのとどっちが楽か・・・。

それからさ、H管持ってるならロングトーンもスケールもちゃんとHまでやれよな。

3)引き抜きかロウ付けか
ハンドメイドクラスの話なんだが、トーンホールがどう作られているかの問題だ。予算があるなら、ロウ付けにしたらいいと思う。最初は鳴らないかもしれないが、後々良くなってくるはずだ。引き抜きの弱点は、管から引き揚げた後、エッジを外側に丸めるんだが、その時立ち上がりがわずかに歪む。樽型にわずかに歪む。この樽型というのが曲者で、頭部管の抜き差しを真っすぐにやってないと、頭部管のジョイントが丸まってしまう。そうすると、鳴りが極端に悪くなる。(あ、もしそうなってたら直してもらった方がいいよ。)トーンホールの樽型の歪みも矯正すると良く鳴るようになる。内側の出っ張っているところを壊れない程度に僅かに削ってやるんだ。何もそこまでとも思うよ、だから話だけだと思ってね。こういった部分の加工の精度が少しずつ鳴りに影響してくる訳だから、その手間が値段に反映されているなら、高い楽器にも充分な意味がある。

絶対、自分でやるなよ!

きょうはここまでだ。

フルートの選び方・・・(5)

確かに、昔から「鳴っているねえ」というのは奏者の間での誉め言葉のひとつであった。それは単に大きい音が出ているという意味ではなく、「豊かな」「充実した」「輝かしい」「深みのある」音の事を指していた。その意味から、優れた奏者と言われるためには、小さい音であっても「鳴っている」ことが、必須であった。そして、「鳴っているねえ」と、奏者を主語にせず、楽器を主語にして自動詞を用いるのは、ただ勝手に鳴ってくれる楽器を褒めているのではなく、いくらかでもその評価に客観性を加味しようとしたにすぎない。

ベームは明らかに大きな音を望み、それまでの木製の円錐管だったフルートから、金属の円筒管のフルートを発明した。それ以降、いったいいつの時代に、どんな音楽的欲求から、さらに大きな音をするフルートが求められてきたのだろうか。

翻って、ヴィオラという楽器についてちょっと考えてみよう。そういっちゃなんだが、オーケストラの中でその重要な役割に比して、目立たない楽器の筆頭格である。ごめんよ。ヴァイオリンの完全五度下に調弦されるのだが、「鳴り」を保つために、弦の張力をヴァイオリンと同等にして完全五度下を鳴らすためには、楽器をデカくしなけりゃならない。ヴァイオリンが約36センチだから、完全五度下にするためには約1.5倍54センチが必要なはずだ。フルートだって、たったの4度下げるだけのアルトフルートがあの大きさだ。バスフルートに至っては、たったの1オクターブ下げるだけのために、あのばかばかしい大きさだ。だから、ヴィオラをその大きさで作ったら、はい、手が届きません。現在のヴィオラは大体40センチちょっとだ。つまりなぁ、可哀想に「鳴らねえ」楽器なんだよ。ごめんよ。言い訳しとくと、最近のヴィオラは飛躍的に鳴るようになったな。こういった事情があるなら、「大きな音」を求める動機には充分なり得ると思う。しかし、それでも突飛なアイデアが出てこないのは、ヴィオラが「弦楽器」という共通した構造を持ち、音楽的にも同じ目的を持つ楽器群から離れることができないからだ。

フルートに話を戻そう。フルートが木管楽器セクションにあって、ひとり金属管でやってこられたのは、音の出る原理が他の木管楽器と大きく異なっていたからだ。それでも、「木管楽器」という音楽的目的から抜け出すわけにはいかないのは明らかだ。あの木製の楽器でリードの振動を響かせている他の木管楽器と調和する音とはどんな音なのか真剣に考えてみれば、キャンキャン鳴る楽器で「楽器の潜在能力が増した」なんて喜んでいられないと思うんだがなぁ。一昨日の歌口の問題も、昨日のタンポの問題も同根なんだが、いったいいつから「でかい音」競争が始まったのだろう。

だまされたと思って、音程下がらないようにして、雑音乗らないようにして、ピアニッシモの練習を1時間やってみな。ひとりでにフォルティシモの「潜在能力が増して」るから。

ちょいと話は飛ぶが、フルートの低音のフォルテでむやみに倍音の多い、(たぶん誰かの真似だと思うが)、ビヤァっと、ギラギラしてべっとりとした音が、フルート奏者の間で持ち上げられることが多い。あんな音、他楽器の奏者で評価する奴は殆どいない。そんな奏者に限って、ピアノでボォーっと情けない音を出す。ピアノではなるべく多くの倍音が乗るようにする、フォルテはその逆だ。そうしないと、ピアノとフォルテで音色が違いすぎてしまう。例えば、楽器を選ぶなら、そういうことが容易にできる楽器を選べということだよ。

文句、悪口ばかり書いてきたが、楽器選びの視点がいくらかでも変わってくれたらと思う。また、高い楽器は多くの割合で精度が高く作られていて、狂いが少ないという事もお分かりいただけたらと思う。まさか、新素材の値段とか、特許料の値段で高くなっているとは思いたくもないがね。

きょうはここまでだ。

フルートの選び方・・・(4)

フルートのタンポの構造が良くわからなかったら、もう一度昨日のところを読んでみてくれ。まず誰でも考え付くのは、フェルトや紙は変質・変形するから、ぴったりトーンホールを塞ぐような別の素材でタンポを作ろうという事だよな。たぶん色々試されたんだと思う。確かにどんな素材であれ、密着して空気が漏れ無ければ音は出る。しかも、新素材で密封すると、全く空気漏れがないから、ばかデカい音が出る。でもなぁ、楽器なんだからどんな音が出るかが第一の問題。第1回目に書いたが、大きい音、うるさい音、豊かな音とある。色々なメーカーや個人が新素材を使って「狂いません!」「大きい音が出ます!」って宣伝してるけど、俺に言わせりゃ、はっきり言って、全部アウトだ。音がひどすぎる。キャンキャン鳴るだけで、ものすごく神経が苛立つ。1時間レッスンしてるとぐったり疲れてしまうんだ。音だけで、音楽が聴こえてこない。前回、「良い楽器は吹き方を教えてくれる」と書いたが、その真逆で、これは確実に奏者の音楽性を奪う代物だ。音大に入って、これらの「いい」楽器を買ってもらって、音楽ができなくなってしまった学生の話を知っている。一人や二人ではない。

新素材の宣伝をしているHPでこんな記述があった。「この響きの強さ、音量などは、広い見方でとらえて音色の相違と解釈することもできますが、実質的には表現する上での潜在能力が向上したということもできるでしょう。」ちょっと待ってくれ。楽器の潜在能力って、音の強さや音量なのか?車の性能と間違えてないか?サーキットでスピード競争をするように、フルートで果し合いでもするんなら、他を圧倒する音量や、強さは武器にはなるだろう。そうすればいい。しかし私達の本当の目的は、今まで散々書いてきたように、フルートの音を用いて音楽をし、ハンス・ペーター・シュミッツ博士の言うところの「あらゆる人間の生の精神物理学的根源の暗闇に休息しているこの核・・・」において、互いに結びつこうとしているのだ。そこは暖かい風の吹く情熱の世界であって、絶叫や悲鳴やアジテーションの響く世界ではない。もし、楽器に潜在能力があるとしたら、それは私たち人間と同じく、「どれだけの困難な局面にあっても、どこまで優しくなれるのか」といったような能力のはずだ。

ついつい興奮しちまったな。でね、素材をフェルトのままにして、狂いを無くそうという工夫も色々試みられた。ものすごく薄いフェルトにして、それを金属製の台座や、カップ形状のものに入れてそれをカップに入れるような工夫だ。これも、失敗に終わったはずだ。音、硬すぎ。時期の前後は不明だが、某メーカーは、カップの中にまず金属板を入れた。底が平らになるもんな。その上にうっすいフェルトのタンポを入れた。音が固いだけじゃなくて、キイがものすごく重くなった。大リーフ養成ギプスだな。(古い例えですまんな)。でもな、大リーグ養成ギプス付けたまま試合に出ちゃまずいでしょ。そこで、その金属板に穴をあけて軽くしたんだよ。するとどうなったと思う?半年たったら、タンポの表面にその穴のポコポコが浮き出てきたんだ。笑い話だよ。こんなの試作以前の話で、売っちゃまずいでしょ。車だったらリコールどころか、発売前に陸運局でアウトだ。命にかかわらないからイイとは言わせない。今でも多くのフルートはカップの中にプラスチックの台座が入っている。開けてみなきゃわからないんだが、もしそうなら、オーバーホールして自然素材に替えることをお勧めする。お金はかかるけど、自分の楽器が暖かく、優しくなって帰ってくる。その価値はあると思う。

以前、カップの大きさが、トーンホールに比べて小さめに作られた楽器に出会った。有名メーカーの高級フルートだ。カップが小さめという事は、タンポの外周近くでトーンホールに接するので、こいつの調整はどえらく大変だった。こういう所もチェックポイントになるぞ。

良い楽器は、良い職人と良いフルート奏者が出会うことによって創られる。すべての良いものは、いつの時代でも、どこにあっても、良心的で、意欲に満ちた人々の出会いによって創られる。それは、どんな天才の思い付きよりも優れたものだ。改良が音楽的欲求から生まれたものなら素晴らしいことだが、単に技術的、合理的、あるいは生産性の向上を目指して生まれたものなら、奏者の拒否にもあうだろう。メーカーの論理と奏者の論理は違う。だから私は文句を言う。

きょうはここまでだ。

フルートの選び方・・・(3)

フルートという楽器の最大の弱点は、タンポ調整が必要であり、かつそれが極度にシビアであるという事だ。ただ塞がっていれば良いというわけではなく、調整する技術者の腕によって鳴りが大きく変わる。フルートの材質や構造が大きく問題にされるけれども、タンポ調整の技術による鳴り方の差は、これらの比ではない。良い技術者を知っているという事は、フルート吹きにとって一生の宝物だ。

だから、フルート吹きにとっても、技術者にとっても、「狂わない」「調整しやすい」構造をもつフルートは長年の夢であった。きょうは、「タンポはなぜ狂うのか」という話をしよう。

本来の伝統的なタンポは、厚紙の台紙の上に2mm程度のフェルトを置き、その上をフィッシュスキン(現在では羊の腸)で2重に覆ったものだ。フィッシュスキンはフェルトをくるみ、台紙の裏側に回って糊付けされている。逆に、トーンホール側から見ると、2重のフィッシュスキン、フェルト、紙の台紙、調整紙、台紙、カップ(キイ)という順番になる。このタンポの真ん中に2mm程度の穴をあけ、ワッシャをかませてネジでカップに止める。以上の構造を理解したうえで、「狂い」に繋がるそれぞれの問題点を挙げてみる。

まず、フィッシュスキンだが、これ自体余程の粗悪品でない限り狂いが生じることは無いと言っていい。ただ、トーンホールの金属部分と絶えず接触しているので使っているうちに破れる。2重になっているというのがいいねぇ。フィッシュスキンが破れれば目視で分かるので、外側のフィッシュスキンが破れた時点でタンポ交換、またはスキンの貼り直しだ。2枚とも破れていなければちゃんと音は出る。フェルトは水分を含んだり、乾燥したりを繰り返すうちに硬くなってくる。硬くなると音もやや硬質になる。そして柔軟性を失うという事は、調整も難しくなってくる。さらに、均質に硬くなったり、縮んだりすればまだ良いのだが、天然由来の素材だから当然若干の狂いが出る。台紙になる紙も同様に、だんだんと狂いが出て来る。いちばん外側のフィッシュスキンを張るとき、外周方向に均等な張力で貼られていないと強く張られた方が縮む。タンポ自身はこれらの要素で狂いを生む。天然由来の素材を手仕事で作るわけだから、均質に、均等の厚さで、変形しないようにするのはまず不可能だろう。

次にカップだが、これは2mm位の深さのカップに外側にはアームが、内側にはネジ台座が溶接されて作られている。このカップの内底の形状にタンポは大きく影響される。さらに、上記の溶接の際、温度によって微妙な変形が起きるので、金属だからいつも真っ平らと安心するわけにはいかない。ネジの台座だって、カップ底面に対して正確に垂直に溶接されていなければ、タンポを取り付けた際に力が一方向にかかってしまい、調整が困難になったり、後々の変形に繋がる。タンポはネジで、真ん中でしか止められないのだから、台座やワッシャの構造、形状が正しくなければ、最重要なタンポの外側に確実に影響が出るだろう。

さらに、フルートの構造からくる抗いようのない要素がある。キイとトーンホールはできればその円周上で、均一な力がかかっているのが望ましい。つまり、キイが平行移動してトーンホールを塞ぐことができれば理想だ。しかし、そんなことは無理で、アームを支点にテコのような仕組みでキイが降りて来るので、アームに近い部分と遠い部分では、かかる力に差が出てしまう。同じ理屈で、タンポが硬化して薄くなれば当然アームに近い方に隙間ができる。

これらが、フルートのタンポに狂いが出て来る要因と、タンポ調整が必要な理由だ。

そこで、みんな考えるわけだな。なんとかもっと楽にできないかと。で、やらかしちゃうわけだ。どんなことが「盛大にやらかされちゃったか」を続きで書く。楽器屋さんに行くのはもう一週間待て。

きょうはここまでだ。

フルートの選び方・・・(2)

今日は中級レヴェルの楽器選びの要点だ。
性能のよい楽器、つまり、「鳴る楽器」だと思ってないか? 鳴るって言ったって、大きい音、豊かな音、うるさい音といろいろだ。楽器屋さんの店頭で、ヒャァーって吹いて、「うん、これ鳴るわ」位の判断で高い楽器買うと、つまらないことが起きるぞ。まあ、楽器メーカーにしてみれば、パッと取って、ヒャァーって吹いて、でかい音が出りゃ、買ってもらえるだろうって思うだろうな。いまは、そんな楽器ばかりだな。

「ヘルムート・ハンミヒ氏のこと」で書いたけど、いい楽器は吹き方を教えてくれる。これは言い換えると、吹き方が少しでも正しい方向へ変化すれば、その分だけちゃんと良い音が鳴ってくれるということだ。良い音がどんな音かは、ここを読んでくれ。この将来の可能性を、楽器屋さんの店頭で判断しなきゃならない。まず、楽器屋さんの店頭でのこっちのコンディションを考えてみようか。誰でも、最初は息が広がり気味だ。だから普段でも、練習の初めには皆ウォーミングアップやロングトーンしなきゃならないわけだ。楽器選びの際、このウォーミングアップの状態で、でヒャァーって吹いちゃうと、楽器の本当の性能は分からなくなるよ。でもね、この広がり気味の息で、ウォーミングアップみたいな吹き方をした時に鳴るような楽器が、店頭に並んでるんだ。最近の歌口は、サイドが大きくカットされている。歌口の楕円の長軸方向の両側が、角を落としたように斜めに削られている。これなぁ、製作者の本当の考えは分からんが、広がった息をまとめる役割がある。だから、ヒャァーって吹くと・・・鳴る! 初心者も息は広がっているから、それはそれで助けにはなるんだけれど、そういう楽器、息がまとめられるようになっても、一向に音が充実してこない。中級レヴェルになったら、どんどん吹き方を研究し、自分の音を創っていかなくちゃならない。そんな時、これでは決して良い楽器とは言えない。

「工夫されている」歌口はこれだけじゃない。穴が殆ど四角だったり、リッププレートの向こう側がカクンと曲がっていて、穴を真上にすると断崖絶壁のようになっているのがある。これらの楽器は、演奏者の自由度を確実に奪うはずだ。頭部管を内側に回したり、歌口を下唇でたくさん覆うと、歌口の向こう側のエッジは唇に近付き、広がる前の息をにエッジに到達させる事が出来て一見有利だ。しかし、こうすると息の入るスペースが狭くなるので「大きい音」は出ない。その欠点を補うため、四角い穴は、歌口を下唇で塞ぎ過ぎても、息が入っていくスペースを確保するための仕掛けだし、断崖絶壁は歌口をかなり内側に傾けて吹いても息が通って行く仕掛けだ。これじゃ、ママチャリで自転車乗れるようになって、自転車好きになって、今度は本格的に自転車乗りたいと思った時、電動自転車に、補助輪付いたのを買うようなもんだ。競輪用の自転車は無理かもしれないが、スポーツバイクくらいは手に入れたいよな。

では具体的にはどう選べば良いか。まず、変わった形をしてたら避ける。(歪んでいるのは論外)。参考までにヘルムート・ハンミヒの歌口の写真を載せておく。これがベストとは言わない。だが、これが伝統の中で培われてきたオーソドックスな形だ。いま、楽器屋さんの店頭に、滅多に見られないからな。次に、充分にコントロールされた細い息で、小さな音を吹いてみる。なるべく少ない息で、楽器の反応を見るんだ。この時、頭部管を内側に回し過ぎないこと、そして、歌口を塞ぎ過ぎないこと。雑音が増えてくるのはここで失格だ。大きい音なんて試さなくていい、反応が良ければ大きい音は必ず出るようになる。最後に、反射板の距離を正しく調整して、第1オクターブと第2オクターブのオクターブの音程が正確かどうかチェックしよう。(有名メーカーのものならたぶん大丈夫だとは思うが)第1オクターブのD(レ)の指使いで、第3倍音のA(ラ)を出し、正しい指使いの第2オクターブの(ラ)と音程が同じに取れるかどうかもチェックできるといいが、そもそもの吹き方が正しくないと厄介だ。

早まるなよ、まだ頭部管の話しかしてないからな。

きょうはここまでだ。

フルートの選び方・・・(1)

4月になったからな、新たにフルートを始める人、あるいはステップアップで、もうちょいいい楽器を手に入れようとしている人・・・結構たくさんいると思うのでちょっと書いておく。

これから色々詳しく書いていくつもりだけど、これだけは最初にはっきり言ってしまう。フレンチモデル(リングキイ)は絶対に止めとけ。現代音楽を沢山やるつもりなの?四分音吹かなきゃならないの?グリッサンドやりたいの?そうじゃないなら止めとけって。四分音にしたって、グリッサンドにしたって全部の音域でできるわけじゃないぞ。いや、できる音の方が少ない。作曲家だって、その辺のことを知っていて、使えるから、使えるところに、使っているだけだ。純粋に音楽的な動機、必然的な欲求で四分音やグリッサンドを書いているわけじゃない。作曲家からの、そもそも、その程度の要求なんだから、これらの四分音やグリッサンドは、カバードキイでも技術を駆使すれば演奏可能な範囲だ。

とある大メーカーのHPにこんな記述を見つけた。「キイの真ん中の穴をきちんと押さえないと音が出ないから、フルートを綺麗に持つようになり、指が早く回るようになります」だって? 大嘘! フレンチモデルの高価なフルートを持って、私のところにレッスン受けに来た何人ものフルート愛好家のうち、正しくフルートを持てていた人は、10人にひとりもいなかった。殆どの人は、薬指のキイがうまく押さえられずに詰め物をして使っていたか、あるいは使わざるを得なかった。無理して押さえているために、右手の薬指や中指がトリルキイに触れてしまったり、右手小指の動作が全く自由にならずに苦しんでいた。そうまでしてリングキイを使わなくちゃならない理由は何なの? 詰め物すると音程も鳴りも確実に悪くなるんだぞ。それから、シリコンなんかの詰め物してると、安っぽい音になってしまう。

今、シリコンの詰め物している人が居たら、コルクに変えてごらん。音が変わるから。コルクが無いって? ワイン飲めよ、高級なやつな。安物だとコルクの質も悪いからな。音が良くなって、うまいワインが飲めるんならいい話じゃないか。そのコルクをカミソリで3~5ミリ厚に切って、穴の大きさに合わせて丁寧に切るんだ。酔っぱらってやると手を切るぞ、醒めてからやるんだ。

多くの場合、フレンチモデルにするのは、初心者用のフルートを使っていて、ある程度上達して、じゃあってんで、2本目は総銀かなんかで、フレンチモデルを選択なんてことが多いと思う。せっかく、せっかく、いい音も出せるようになって、吹き方も安定してきて、指の練習もこれからは捗るだろうという時に、フレンチモデルにして行き詰ってしまう。もったいないねぇ。高い楽器だから、「あ、しまった!」と思ってもそうそう買い替えられないよな。上手くいかない可能性が高いのに、それを先生が薦めたとしたらこれは罪が多いと思うね。先生も詰め物して吹いてたらそれこそ笑い話だ。

非難だけじゃどっかの野党みたいだから、カヴァードキイの利点を書いておく。
きちんと調整されていれば、リングキイよりも良く鳴る、しかも均質の音色でだ。だって、穴の開いているキイや開いてないキイが混ざっているわけじゃないからね。それは、美しいレガートに繋がる。3オクターブ目での音が安定しているので、足部管をH管にする必要がない。つまり、楽器全体は軽くなるし、持った時に右手の方が重くて下がってしまうことがない。これは、歌口を必要以上に唇に押し付けることを防ぐことにもなる。考えてみてくれ、バランスの悪い楽器で1時間練習した後の疲労度を。それを続けたときの悪影響を。某メーカーは一時期、リングキイーのタンポ抑えの金具が使っているうちに落ちてしまうという、重大な欠陥商品を作っていた。こんなの車なら即リコールもんだが。カヴァードキイはほとんど全部ネジ止めなんでそういう心配は無いだろう。よく言われるフレンチモデルでの「音の抜け」は、別の見方をすれば「放散する音」でもある。しっとりと、安定した、暖かい、柔らかい音を求めるなら、カヴァードの方が上だ。

繰り返し言っておこう。「カッコいいから」くらいの理由でフレンチモデルにしたら後悔するぞ。フレンチモデル持ってたって、上級者には見えない。特に、指の細い女性には、私は絶対勧めない。どーーーーしても、欲しいって言うんなら、1か月くらい貸してくれる人を探すんだ。高い買い物をするなら、その前にそれだけの労力をかけるのはあたり前だろ?

きょうはここまでだ。

やってはいけない・・・(4)

10)腕自慢はつまらないよ
腕自慢ていっても、ピンキリでね。演奏会自体が腕自慢のピンから、楽器屋さんの店頭で聞こえよがしに大きい音出して吹いてるキリまで、色々あるわな。まぁ、人の自慢話をどれくらい聞いていられるかにもよるけど、あんまり面白いもんじゃないよなあ。でも、よく居るんだわ、自己顕示欲のみでつい吹いてしまう方が。人が聴いてると思うと張り切っちゃうの、傍から聞いてるとすごく良くわかってしまう。どうせなら、もっと大きな欲を持ったらいいと思う。つまり、もっと良いフルート吹きになりたい、いや、もっと良い音楽家になりたい、いや、人間としてもっと立派になりたい。という風にね。 「良い演奏とは」というタイトルで、前に書いたから、読んでくれるとありがたい。で、きょうはその「自己顕示欲」は、少しでも本番に役に立つのかって話だ。

恐らく、モチベーションを高く保つためにはある程度役に立つと思う。だけど、「上がらずに吹ける」かというと、自己顕示欲は「失敗が怖い」という恐怖にも繋がるので、たぶん上手くいかない。で、上手くいかなかったとき、内容が無いと致命傷だ。「致命傷で済んで良かった」っていう冗談で誤魔化せれば次もあるけど。やっぱり、スタート地点を間違えないようにしないとね。しかしだ・・・

オーケストラの1番フルート吹き、大ソロを吹かなくちゃならない・・・オーケストラって嫌なんだよ、ほかのプレーヤーがソロの時、こっちを見ないようにして、耳だけをこっちに集中させてるのすごくよくわかる。聴衆よりも何倍も性質の悪い奴等だからな、結構すごいプレッシャーがかかる。私は、リサイタルで独奏曲吹く時の方が余程楽しい。どんなに上がったって、どんなに上手くいかなくたって、自分の音楽だもん。このオーケストラの大ソロに臨む時、要求される資質って何だろうと考える。覚悟を決めて、腹をくくるしか無い。でも、独奏曲なら「究極の謙虚さをもって音楽の陰に恐怖を隠す」離れ業もできるけど、オーケストラだとそうはいかない。結構、自己顕示欲が助けになったりするんだな。変に考えをこねくりまわすより、「ええい、目立ってやれ!」ってスケベ心で臨んだ方が楽な場合が多い。それがどうしてもできないナイーブなプレーヤーもいて、これはオーケストラのソロ奏者には絶対向かない。「上がる」という恐怖心を抑えるために、本番前にきつい酒をクッとやるのが習慣になって、そのうち指が震えるようになって、それを抑えるためにまたクッとやる、で、アル中になってしまって・・・というプレーヤーを知っている。あんなに上手かったのに、という奏者だった。彼も可哀そうだが、神が与え給うた才能があんな風に朽ちていくのか・・・と見ると、いたたまれない、ひどく胸が痛む。

なんだか悲しくなってきた。

きょうはここまでだ。

やってはいけない!・・・(3)

8)真似をするな
真似したっていいんだけどさ、真似ることができるのは大抵悪い所だから。尊敬するフルート奏者の隅から隅まで真似できたとしても、出来上がるのは上手くいってそのミニチュアだ。本家が偉大であればあるほどミニがつけられると惨めだ。ミニフルトヴェングラー、ミニカラヤン、ミニゴールウェイ、ミニパユ全部ちょっと恥ずかしい。ミニスカート、ミニパトぐらいだと本家がたいしたことないから平気だけど。ミニチュアダックスが自分をどう考えてるか聞いてみたいもんだ。私が、ほんとうの私自身でなければならない状況、虚飾を捨て、過不足なくほんとうの私を知ってもらわなければならない状況。告白するときか? プロポーズのときか? どちらでも構わんが、演奏する時もまったく同じだ。ぎりぎりの勝負をいつもしなきゃならないのが音楽だ、余裕なんかあったら途端につまらなくなる。「他人の真似なんかしてられるかぃ!」ってのが正解だ。
シュミッツ博士は、30代で現役引退。ベルリンの教授の頃は鞄ひとつでレッスンにやって来た。だから、真似のしようもなかった。そのことはかえって、学生同士、多様な個性を聴きあうことになり、とても豊かな経験をしたと思っている。少なくとも、誰が一番先生に似ているかなんて競争はまったく無かったのは幸いであった。ちなみに、教授の鞄の中身は手帳とバナナだったな。毎日、午前10時から午後2時まで、4人のレッスンを休みなく、絶対座らず、立ったままでやっていた。

9)練習を他人に聴かせるな
練習は恥ずかしい。だって、出来ないところをあからさまにするんだから。しかし、これは逆説で、恥ずかしい練習をしよう、という事でもある。細部を磨き、全体を光り輝かせるためには、音にしたって、息取りにしたって、指の練習にしたって、自分の中にある「初心者」をあぶり出し、克服していく作業が必須だ。フルトヴェングラーは何百回振ったかわからないベートーヴェンの5番でさえ、本番直前までスコアを読んでいたという。オーケストラの練習というと、奏者にとっては指揮者に甚だ不名誉な指摘をされることがある。厳しい場面だ。ある指揮者が語っていたが、オーケストラの中に出来上がったカップルがいるとやりにくいという。ある奏者に厳しい指摘すると、全く関係ないところに座っている彼女だか彼氏だかが、ふくれっ面をしているんだそうな。夫婦になると、どうでもいいというオチがついていたから、たぶん冗談だろうけどね。男に限るというオーケストラは無くなったようだが、男女平等という思想だけでこれを否定した結果だとしたら、ちょっと残念だ。誰だって、オーケストラの中で自分の彼女が指揮者にイビられてたら、気分悪くするだろ? いずれにしても、オーケストラのゲネプロに客を入れるなんて全く信じられない。オーケストラや音楽をナメとるとしか思えない。

きょうはここまでだ。

やってはいけない!・・・(2)

4)指のせいにするな
指が早く動かないっていうけど、日常生活を普通にこなしている指なら、充分にして結構、速く動く。電車の中でスマホのゲームやってる指、みんな早いじゃん。あぁ、あれ右手の親指か。早いパッセージがうまく吹けないのは、指が原因というよりは、音がちゃんと出ていないからというのが正解だろう。そして、立ち方、持ち方、構え方の順だ。そして、指は脳味噌持って無いから、本物の脳みそで補ってやるんだ。そして、やさーしく教えてやる。大体、指は誰でも早く動く。昔、爺が若者の頃、パチンコは玉一個ずつ台の穴に左手で入れてたんだ。ガッと左手で球をつかみ、上にした手のひらから親指で一個ずつ流し込んでいき、タイミングを合わせて右手で打つんだ。すっげえ名人が居て、思わず見とれていたことがある。盤面に一度に15個は玉が舞ってたな。もうチューリップが開きっぱなしで、ラッシュアワーの人波のように、球が吸い込まれるなんてもんじゃない、押し込まれていくんだ。あれは美しかった。技術が物を言う遊びだったのだよ。関係ないか。

5)「耐える」を美徳にするな
指の練習でもそうだが、「苦しい練習を克服した暁に勝利を得る」なんてドMじゃないかぎり止めだ。いかに練習を楽しく変えていくかに知恵を絞ろう。「楽しいからできるんだ」に考えを改める。苦労したかどうかの評価は、後々の事、自分だけで収めよう。他人に不寛容になる程苦労しちゃいけない。何時も楽しく練習だ。俺、物を作るのは大好きなんだが、片付けるの苦手。一人暮らしをしていた頃はすぐに部屋がぐちゃぐちゃだ。そういう時は、1パッセージさらう毎に1個物を片付ける。一日やってりゃ客も呼べるようになる。瞬間的に集中する訓練にもなるぞ。メトロノームで1メモリさらう毎に楽譜に点で絵を描いていくってのもやったことがあるな。それで楽譜に綺麗なピアノの絵が描けてね、シュミッツ博士がレッスンの時に、老眼鏡で覗き込んで、「なんじゃこりゃ?」って言ってたな。リズムを変えたり、アーティキュレーションを変えたりなんて当たり前よ。1パッセージさらう毎にポテチ1枚なんてのは止めとけ。楽器の内も外も悲惨だし、それより体が目も当てられなくなる。

6)教わった通りでいいと思うな
上手く吹けるようになるというお呪い(おまじない)があったら信じるか? 教わったことを形だけで考え無しに続けていたら、それはお呪いと一緒だ。とある中学校のブラスバンドを見たことがある。みんなが音を出しまくっている騒音の中で、フルートセクションの何人かが、「せーの」でヒャアーっとロングトーンまがいの事やってた。それ、どうしてそんなことしてるの?って聞いたら、先輩にそうしろって教わったって言う。いつから始まったのかはきっと、誰も知らないんだろうな。可哀そうだよな。そこまで酷くないにしても、ロングトーンなんか、モイーズのソノリテを「音を綺麗にするお呪い」みたいにやってる人多い。いや、モイーズの作だって知っているだけましかも。「指が回るようになるお呪い」はタファネル&ゴーベールだろ? 効果が全然無いとは言わない。だってお呪いだから。お呪いにしたくなかったら、ちょっとだけ考えて取り組んでみよう。

7)勝手に納得するな
大人って始末に負えない。何か問題点を分かりやすく説明すると、「解った解った」ってすぐに納得する。頭でな。で、何にもしないで次に行こうとする。いや、だから「やってみな!」って、「できるまでやってみな!」って。子供は説明なんて聞いちゃいないからね。だけど、興味を持ったり、悔しかったり、楽しかったりすれば、できるまで夢中になってやる。小さな脳味噌フル回転でな。ついでだが、そんな時、子供に、勉強しろとか、飯食えとか、風呂入れなんて絶対言うなよ。

まだ続くぞ。

きょうはここまでだ。