続々・ヘルムート・ハンミヒ氏のこと

その巨匠ヘルムート・ハンミヒの頭部管なんだが・・・ イイんだ、ほんとに。見たところは、なぁんにも変わったところがない。一時期流行った、絶壁リッププレートでもなければ、サイドのカットもほとんどない。でもね、いい音するんだよ […]

続・ヘルムート・ハンミヒ氏のこと

フルートの内側に隠してもダメなので、頭部管のヘッドコルクをばらす。コルクを引き抜いてコルクの代わりに紙幣をぐるぐる巻いてやる。前後は金属板なので、ヘッドスクリューをとっても、その中のネジまで引き抜かなければばれない。(フ […]

非円盤主義・・・(2)

マエストロは1989年4月ベルリン・フィルの芸術監督と終身指揮者を辞任した。そして、7月死去。一般的には、ザビーネ・マイヤーの一件(1983年)からベルリンフィルとの仲が疎遠になり、ウィーンフィルとの関係を強めたと言われ […]

非円盤主義 ・・・ (1)

マエストロはつまり、ドイチェ・グラモフォンと結託して、いや協力して沢山レコーディングしたわけね。そりゃぁレコード売れれば、みんなが楽して儲かる。だから、そのレコードの宣伝のために、イメージ戦略も必要だった。実際それは成功 […]

思い出話・・・あの頃のベルリンフィル(3)

あの夜、音楽は勝利した。あの空間の中で、最初に示された現実。それは、カラヤンの背中であった。そして、聴衆は我に返った。不確かな話の伝搬によって巻き起こされたブーも拍手も、その威厳ある小さな背中によって、一瞬のうちに葬り去 […]

思い出話・・・あの頃のベルリンフィル(2)

あの事件。そう、ザビーネ・マイヤーの一件だ。カラヤンがソロクラリネット奏者にザビーネ・マイヤー嬢をゴリ押しで入団させようとし、オーケストラが反対し・・・という事件だ。どこから、どんな経緯でリークがあったのか、ある日突然、 […]

思い出話・・・あの頃のベルリンフィル(1)

ブログ書いてると、色々思い出してしまうな。特に頭にくる話な。だから、頭に来ない話を書く。私がベルリンにいた期間は、まさに帝王カラヤンが君臨し、そして、あの事件が起きるまでだ。全盛期だったと思う。ま、演奏はフルトヴェングラ […]