今年は5月に年号が変わるんだが、そうすると、○○元年になるわけだ。来年は○○2年だ。大正天皇崩御は12月25日だったから、約1週間でもう昭和2年。だからね、生まれた時は1なの!。ゼロ歳児じゃなくて1歳児でいいの!!

 でな、左に傾いた若いころの俺がだ、親父に喧嘩ふっかけたんだわ。「軍艦作っても、戦争は放棄すんじゃねぇの?」親父の答え、「お前、戦争するつもりあんのか?」これで終わったと記憶する。

 禅問答。左巻きの俺としては、これを理解するのにはちょっとした時間が必要だった。親父が明確に、「戦争するつもりは無い」と思っていたことを理解するのに。確かに、戦争の悲惨な情況を知っているのは彼らだ。同世代の多くを失い、戦後は追放され、おじいちゃんのたくさんの勲章も、家族の食料に化けた。それでも、「国を守らなきゃならない」という代々受け継いだ使命は失わなかったんだと、今、理解する。

 条文で国が守れるなら結構なことだ。しかし、実際に国を守るためには、不断の努力と、それに一生を捧げる人たちが必要なのだ。その人たちは、いつまでも日陰にいなければならないのか?

 シビリアンコントロールがどうの、こうのと言われる。軍人(制服組)は戦争をしたがるが、それを「背広組」が止めるんだと。違うと思うよ。いざとなって、戦争をしたがるのは絶対「背広組」だと思うね。軍人はもっと冷静沈着だ。命を失うのは自分たちだからだ。負け戦の後でも、国を守ることを忘れない、日陰者にされても文句を言わずに国を守る。代々海軍の家系って言うのなら、血の中にそのことが受け継がれていなければならない。

 親父の無念を晴らす。

出かける時間だ。きょうはここまでだ。

 

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