音楽がわからない?

時々、「音楽は良くわからない」という人に出会う。何とも受け答えに困ってしまうのだけれど、気持ちはわからなくもない。

本当のところ、「音楽がわかる」と言うことはどういうことなのだろうか。子供が言葉を初めて話す瞬間は、よくコップの水にたとえられる。コップに水がたまっていき、ある瞬間に溢れ出す、その時がしゃべり始める瞬間だという。音楽の理解もこれに似ていて、ある瞬間に、音楽の語る意味が理解できるようになるものだ。その地点を越えることができれば、音楽の語りかける意味が次々に解るようになる。「ある瞬間」を迎えない限りいつまでたっても「わかる」ことはない。順序だてて少しずつ理解に至るという道筋にはあまり期待しないほうが良い。このような理解を必要とするものは、音楽だけではない。語学だって、文法から順序立てて覚えようとしたら、いつまでたっても、まともにしゃべることができない。恋愛だってそうだ。少しずつ、順序立てて好きになるのではなく、ある瞬間に、相手を全部丸ごと好きになっていることに気付く。こういった事柄への理解は「ある瞬間」を迎えられるかどうかにかかっているのではないだろうか。だからいかにコップの水を溢れさせるかが重要だし、そのコップには「理屈」だけが溜まっていくわけではないことも、考えておかなければならない。
ベートーベンの交響曲第5番の冒頭を、「運命が扉を叩く音」・・・と思っても良いけれど、ここから理解に至るなどと思わないことだ。だって、その次は何だ?運命は小刻みに扉を叩きはじめるのか?音楽の語る意味を、その意味が私たちの心を動かす仕掛けを、言葉の世界で説明することはできない。ゲーテがベートーベンを聴いて「ああ、勇気がわいてくる」と言ったそうだ。さすがに文豪はすごい。短い言葉の中に、音楽の本質を言い当て、それをもって作品へ最大の賛辞を贈ってる。
いま、音楽がわからなくても、心配はいらない。大きなコップに水を溜めるのには、多くの時間がかかる。それだけのことだから。

 

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